おこっぺちょう
興部町
道東
ファン304人
川が合流するアイヌ語の地名と、農林漁業が息づくまち


人口:3,500人
興部町は、宝永年間に松前藩の漁場として支配され、明治22年に初めて沙留に和人が定住、同31年に石川、高知、富山など各県より入地者が来住して本格的に開発が進められました。
明治42年に雄武より字興部を、紋別より字沙留、ルロチの2ケ村を分割併合して、興部村外2ケ村長役場が設置されました。大正4年に北海道2級町村制が施行され興部村となり、その後、大正10年に国鉄名寄線が全通し、農業、林業、漁業の飛躍的発展をみるに至りました。
大正14年に興部村から西興部村を分村しましたが、農林漁業の発展とともに商工業も次第に発展し、昭和26年に町制が施行され、今日に至っています。
町名の「おこっぺ」はアイヌ語「オウコッペ」より転訛したもので、「川尻の合流しているところ」の意であり、当時は興部川、藻興部川が合流しオホーツク海に注いでいたところからこのように呼んでいたとされています。



