Domingo編集部
北海道・小樽にある福島工務店の創業70周年を記念し、2021年の冬に制作されたショートフィルムが今、〈誰も見たことがない新しいブランデッドムービー〉として話題を集めています。中国で公開後、わずか1週間で100万回再生を突破。2022年4月現在でさらに約163万回再生を記録する反響は、決して「偶然の産物」ではありません。
今回は株式会社福島工務店代表取締役社長の福島慶介さんと、総合ディレクション・主演の株式会社ぬるぬるCCO 山下智博さんのお2人に、今だから語れるインサイド・ストーリーをうかがいました。
目次
1. コロナ吹き荒れる向かい風の中、老舗工務店の三代目に就任
2. 中国での影響力をベースに2020年から日本で活動スタート
3. 地元民も見たことがない小樽の姿をブランデッドムービーへ
4. 「難しいリクエストがくることもありますよ」コーディネーターの告白
5. あなたのまちも「いつだって新しく生まれ変われるもんさ」
コロナ吹き荒れる向かい風の中、老舗工務店の三代目に就任
福島工務店の創業70周年を記念して作られた約8分間の映像は「情緒 〜『Re:』-小樽の新たな夜明け-」。主人公は新型コロナウイルスの影響で職を失い、生まれ故郷の小樽に帰ってきた“岡川智博”36歳。15年ぶりに立つ故郷の閑散ぶりを見て思わずついたため息には、日本全国の地方が抱える現状が透けて見えます。
「普通はブランデッドムービーといえば、創業者の顔から始まるモノクロ画像がだんだんカラーになって…と想像しますよね。それがいきなり冒頭から山下くんのコミカルな演技と、祖父役の斉藤さんとのふりきったバトルで視聴者を驚かせる。初めて社員や関係者に見せる時が一番緊張しました」
そう笑うのは本作のエグゼクティブプロデューサーを務めた福島工務店代表の福島慶介さん。大学時代は東京で都市計画やまちづくりの視点から建築学を学び、2007年にUターン。小樽市指定歴史的建造物の(旧)岡川薬局を個人取得し、カフェ兼ゲストハウスとしてリノベーションするなど、小樽のまちに新しい風を吹き込んできました。
福島さんが1952年に祖父・福島正雄氏が創業した福島工務店を受け継いだのは、2020年6月のこと。以前から決まっていたこととはいえ、新型コロナウイルスが猛威を振るう最中での就任は向かい風のスタートでした。
「観光が基幹産業である小樽は、まち全体が大打撃を受けました。(旧)岡川薬局も申請できる助成金は全て申請し、この機会にこれまでのやり方を振り返り、改善や設備投資に努めました。一番苦心したのは従業員のモチベーションを保つこと。皆よく頑張ってくれたと思います」
中国での影響力をベースに2020年から日本で活動スタート
福島さんが社長に就任したその年、インフルエンサーとしての活躍の場を中国から日本へ移した人がいます。山下智博さんです。
「もともと現代美術のキュレーションをやりたくて。自分も表現活動をしつつ、経済発展が目覚ましい中国を活動の拠点にしようと思ったのが26歳のときでした。おかげでこの10年間で向こうでは名前も知られるようになりましたが、コロナ禍の2020年からは日本をホームとする新たな展開になりました。
中国時代は自分がプレイヤーの広告業でしたが、これからは予算のことを含めてもう少し俯瞰的に考えるプロデュース業にも力を入れていきたい。純粋にものづくりをしたい人たちにとってお金の話はノイズに聞こえるかもしれませんが、国際交流や地域を盛り上げようとするときにお金の話をきちんとできないのはかえって不誠実だと思うようになりました。2019年には“日中の潤滑油”を目指して株式会社ぬるぬるを立ち上げ、今も経営や経済の勉強に勤しんでいます」
そんな山下さんと福島さんは「ぼくの家と(旧)岡川薬局が近くて、自分が小樽に帰るたびにいろいろ話す間柄。2人とも小樽を外から眺めたことがあり、このままじゃヤバイよねという危機感も持っている。今は地元のいろんな情報や人脈をお持ちの福島さんですが、Uターン直後はきっと地元との意識のズレにご苦労されたはず。でも今、福島さんから聞く小樽にはすごく未来を感じる。ぼくにとって“一緒に何かできる!”と思わせてくれる人です」
地元民も見たことがない小樽の姿をブランデッドムービーへ
ブランデッドムービーの制作が始まるまでには、いくつかの伏線がありました。ここでもう1人、新たなクリエイターが登場します。ドローンを使って北海道の魅力を発信するビデオグラファーの伊藤広大さん。
福島さんの幅広い人脈の中にいた伊藤さん、そして山下さんを加えた3人で2020年冬に初チームを組み、16年ぶりに更新するという小樽の観光誘致映像プロジェクトを受託します。 そのとき、出来上がってきた伊藤さんの映像を初めて見た2人の反応はーー。
「びっくりしました。なんだこのクオリティは!と。地元の私たちですら見たことがない小樽がそこにあった。この美しい映像をもっと大勢の人に知ってもらいたいという気持ちが強烈にこみ上げてきました」
一方で時を同じくして建設業に対するコロナの影響が遅れてやってきた、と福島さんは続けます。
「私たち工務店のところに仕事が来る前に計画が頓挫する話が多くなり、これは何か手を打たなくては、と感じました。創業70年ということは、会社がまちとともにあるということです。ポストコロナを見込んで小樽の観光業復活の布石になり、かつ社内に向けて自分たちが何を目指しているのかを改めて発信することができれば、全てがいい方向に動き出す。そうした諸々の思いが創業70年のタイミングに重なって、福島工務店グループ全体でSDGs宣言を出すと同時に、山下くんが提案してくれた経産省のJ-LOD(5)に申請し、ブランデッドムービーを作る流れになりました」
J-LOD(5)とは、「自社等の姿勢や理念に対する顧客の共感を呼ぶストーリー性のある映像(ブランデッドコンテンツ)」の制作を支援する補助金制度の第5弾です。
福島さんたちが申請した企画書は、山下さんが作成したもの。中身をチラリと見せていただくと、得意の中国市場を意識した分析(「家族」「雪景色」というキーワードや中国人インフルエンサーをゲストにしたキャスティング)や、ほぼ完成に近いストーリープロットが描かれ、その精度の高さに驚かされます。
「ぼく自身、伊藤さんの映像を初めて見たとき、不覚にもこみ上げてくるものがありました。あれを見たら誰もが“小樽、いいじゃん!”って思ってくれる。これは絶対一番いいところで使おうと決めていました」
昨日何食べた?と聞かれても、ともすれば思い出せない日常の食事ではなく、特別な日に食べた思い出のディナーにしたい。その思いを込めて「公開日は2月14日のバレンタインデイに設定しました」と明かす山下さん。
「福島さんの仕事だから、という気合いも入りましたし、ぼくも愛着のあるこの土地にプラスになることをしたかった。クリエイター人生の中でも相当肩入れして作った作品です」
「難しいリクエストがくることもあります」コーディネーターの告白
制作は福島さんが札幌の株式会社リアクターに声をかけ、頭角を現してきた若手の映像作家・高橋成さんが監督に抜擢されました。2021年の年末から始まった制作期間はトータル3カ月。驚異的なスピードで制作が進むなか、「絶対に欠かせなかったのが福島さんのようなコーディネーターの存在」と山下さんは強調します。
「地域のブランディングや地方創生って基本は、外の人を受け入れるところから始まりますよね。さらにそれがクリエイターともなれば、地元の人たちとはかけ離れた発想をする“異物”を抱え込むことになる。摩擦が生まれて当然だと思うんです。でもこの現場では、ぼくらがクリエイティブに集中できるように福島さんが全ての調整や交通整理をしてくれた。そうでなければ、この短期間では完成しなかったと思います」
20代の頃から建築デザインや映像作品、空間インスタレーションなどを手がけ、自身も表現者の顔を持つ福島さんだからこそ、地元とクリエイターのかけ橋になることができた。「情緒〜『Re:』ー小樽の新たな夜明けー」成功の要因が、ここでもまた明らかになりました。
「私の役目は、外から来る優秀なクリエイターたちに彼らが思い描いたどおりの着地を決めてもらうこと。実を言うと、小樽にUターンした当初の自分は、地元の人たちから見るとすごく鼻持ちならないやつだったと思うんです。それじゃあダメだと気がついて、そこから性格改造して今の自分があることを思うと、中と外、両方の人たちの気持ちがわかるつもりです。難しいリクエストがくることもありますよ。そこを頑張ってせっかく用意したのに撮らなかったんだ…とかね(笑)。でもクリエイターが制作に集中して出来上がったものは、必ず成果を運んできてくれる。今回のブランデッドムービーがそれを教えてくれました」
あなたのまちも「いつだって新しく生まれ変われるもんさ」
福島工務店グループは福島工務店を中心に、(旧)岡川薬局、建築デザインを手がけるN合同会社、不動産業の福島商事で構成されています。
ブランデッドムービーなのに、会社のPRはエンディングに少しだけ。思いきって定石を捨てたクリエイティブの面白さが、そしてそこに込めた本当に伝えたいメッセージが、はたして全グループの従業員や関係各社に理解してもらえるだろうかーー。
福島さんが息を呑んで見守った試写会当日、「すごく良かったわ!」「いいね、こういうの!」そこにいた皆の拍手と笑顔が、福島さんたちが一番聞きたかった答えになりました。
支援を受けたJ-LOD(5)のサイトでも令和2年度採択事例に紹介され、「一見過剰にも映るコミカルな演出によって、強引にストーリーに巻き込まれ、気がつけば小樽の街の魅力と、そこに暮らす人々の温かみを感じ、(中略)地域再生の可能性を情緒的かつ的確に伝えている」という非常に高い評価を受けています。
改めてこの一連のプロジェクトを振り返ると、福島さんと山下さんの長年の信頼関係や、伊藤さんの撮影映像という起爆剤、中国市場に対する山下さんの絶大な影響力など、盤石の布陣であったことは誰の目にも明らかです。
それでも作品の中に出てきた祖父のセリフ「いつだって、新しく生まれ変われるもんさ」を聞けば、「小樽ではできただろうけど、自分たちにはきっとムリ」という思いこみが、春の雪のように静かに溶けていくのではないでしょうか。
「どの地域にも志を持ってその土地に根を張っている人がいると思うんです。そういう人たちが地元だけで小さくまとまらずに、外の人たちとの接点を増やしてチャレンジを続けていけば、きっといつか糸口が見つかるはず。どんなに小さくてもいいんです。チャレンジを続けてほしい」。そう、福島さんはエールを送ります。
本作が日本での実績として大きな足がかりとなった山下さん。故郷で初めて組んだ札幌のクリエイターたちの実力に感動し、「これは全国、いやアジアにも通じる地方創生ムービーのお手本になる!」という手応えを感じたといいます。
「この作品を見て、各地で頑張ろうとしている人たちが“ほら、小樽でこういう感じのを作っていますよ!”と周囲を説得する材料にもなると思います。たとえ予算の規模感が違っても、そこは相談してもらえたらぼくたちクリエイターが知恵を絞ってベストな回答を出せばいい。まずはどんどん相談してください。ぼくらを皆さんのまちに迎えてくれる“ホストファミリー”からお呼びがかかるのを待っています!」
●福島工務店 https://fukushima-km.co.jp/
●株式会社ぬるぬる https://nulunulu.asia/
●山下智博公式ビリビリチャンネル https://space.bilibili.com/1643718
●山下智博公式Twitter https://twitter.com/jibo33
●株式会社リアクター https://reactor.jp/
●伊藤広大さんの会社ジオグラムス http://geograms.jp/
ライタープロフィール
佐藤優子
札幌在住。WEBマガジン「北海道書店ナビ」で北海道の書店や出版社、本にまつわる人たちを応援しています。札幌・北18条の新刊書店「Seesaw Books」棚オーナー。道南のいさりび鉄道を通して北海道の鉄道観光を描いた『〝日本一貧乏な観光列車〟が走るまで ながまれ海峡号の奇跡』著者。Twitter/Facebookにいます。
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