Domingo編集部
高校時代から都市と文化づくりに興味を持っていた種市慎太郎さんは「広大な北海道には多種多様な産業があり、そこに生まれる課題を解決するのはテクノロジーである」という考え方に出会い、大きな感銘を受けました。
現在21歳。いまは課題解決ができる同世代のエンジニアをこの北海道で育て、彼らが活躍できる土壌を築くべく、一般社団法人未完を立ち上げて1年が経とうとしています。
これから北海道の課題解決に大きく寄与する若手エンジニアの育成を、同世代である種市さんが担うことには大きな意味があります。高校時代から築き上げてきたコミュニティなどを活かし、北海道の若手の未来、ひいては北海道という土地の未来を変えるかもしれない大きなプロジェクトを進行しているところです。
おもしろい大人に会いに行っては、刺激を受けて柔軟に物事を捉え、実行してきた種市さん。これまでの流れと、今後の展望について聞きました。
目次
札幌を、クリエイティブ都市にしたいという思い。
高校生のころ、まだ経験の浅い同年代のアーティストを集めて、人前で歌うという経験をしてもらう活動を続けていた種市さん。もともと社会学、なかでも都市と文化づくりに興味があり「どうすればクリエイターにとってプラスな環境をつくることができるのか、どうすればクリエイティブ都市が生まれるのか」ということに関心を持っていました。
「札幌は中心部でも自然が豊かで歩きやすく、展示ができるスペースも豊富で、食べ物が安くておいしい。クリエイターが居住しながら、ものづくりをするのに最適な街だと考えていました。でも、まだこの地域にはクリエイターが多くない。いないなら誘致する、という発想にどうしてもなりがちなのですが、地域でクリエイターを育てながら、札幌をクリエイティブ都市にすることができないか?と、漠然と考えるようになったんです」
そんなとき、北海道大学の学生が運営していたコミュニティスペースのオーナーが「おもしい人が来るから、この日、イベントに参加しない?」と誘ってくれました。それが、『NoMaps』です。
NoMapsとは、カンファレンス、展示、イベント、交流、実験の5つのプログラムを通して、北海道に新たな価値を生み出すための枠組み。毎年秋に5日間にわたって開催され、多彩なゲストを迎えて行われる企画は100本以上と充実しています。
オーナーが「おもしろい人」と言っていたのは、NoMaps実行委員会事務局長の廣瀬岳史さん。種市さんは中学生くらいのころから漠然と「起業したい」と思いつつ、自分には無理なのかもしれない、と諦めかけていましたが、廣瀬さんの話を聞いて「自分がやりたいことを実現している人がいる」と感動したといいます。
NoMapsとの運命的な出会いが、その後の活動を広げる。
廣瀬さんが言っていたのは「北海道には179市町村があって、それぞれの町に産業がある。これだけいろいろなジャンルの産業がひとつの場所に集まっているエリアも、こんなに広大なのに人口が少ない場所も日本にはない。だから実証実験の場としても、最先端のものを集める場としても最適な土地だ」ということ。今後は東京に最先端のものを集めるより、北海道で試してから東京に持って行くという流れが主流になっていくはずで、NoMapsはその窓口を担っている、と話してくれたそうです。それを聞いた種市さんは、深い感銘を受けました。
「自分のなかの地方創生に対する違和感が、溶けていくような気がしました。札幌という閉じた世界でリトル東京を作るような地方創生のやり方より、東京で活躍する人のファーストステップを北海道にするという斬新なポジションの取り方にとても感動したことを覚えていますし、いまも自分の信念として残っています」
イベントが終わったあと、種市さんは思わず「僕、廣瀬さんとなにかやりたいです!」と話しかけます。イベントの最後に「何かやりたい、と思う人はぜひ声をかけてください」と言ったものの、真っ先に声をかけてきたのが制服を着た高校生だったのですから、廣瀬さんも相当驚いたはずです。
「驚きながらもとても丁寧に対応していただき、高校3年生のときに学生メンバーとしてNoMapsにジョインして、徐々に一緒に活動する機会を増やしていきました」
ライブのプロデュースもNoMapsにも協力してもらうことで、さらに密度を濃くしていきました。10数社の協賛のもと、札幌の会場を複数借り切って、5日間のライブイベントを行ったことも。NoMapsと出会い「なにかを仕掛けるなら、人をたくさん巻き込んで大きなことを企画する」という基礎体力が育っていったのです。やがて、町づくりやクリエイターの支援など、種市さんのなかでやりたいことが徐々に明確になっていきました。
「そもそも本当に優秀でクリエイティブな子のなかには、自分をアピールするのが得意じゃない子も多いんです。だから、なにかしらの形で大人にフックアップしていく人間が必要だと感じていました。NoMapsは地域のハブやベースキャンプのような役割も担っているため、僕も若者を対象に『こんな面白い大人がいるよ』とつないでいけるようなコミュニティを作れたら、と思ったんです」
そこで種市さんが高校3年次に初めて立ち上げた会社が『IRENKA KOTAN(現在はSocial Change Lab合同会社に社名変更)』です。これはアイヌ語で「希望の集落」などを意味する言葉。NoMapsの活動につながるように、学生向けのコミュニティを実験的に立ち上げて精力的に活動を始めました。
北海道で、エンジニアを目指す若者はどこにいるのか?
しかし、新型コロナウイルスの蔓延で、リアルイベントが軒並み中止に。
「そこでまずはオンラインのフォーマットに慣れようと、初年度はオンラインイベントをメインで開催したんです。コロナ禍で人と会えないこともあり、一晩で300人ほど大学生が集まったこともありました」
IRENKA KOTAN の活動以外にも、NoMaps内で行われるエンジニアを目指す高校生対象のプログラム『BreakThrough(ブレイクスルー)』や、スタートアップ企業を支援する札幌市の取り組み『STARTUP CITY SAPPORO』で起業家育成のプログラムに関わるなど、オンラインのコミュニティマネジメントやイベント運営に積極的に関わっていきました。そのなかで、ある思いが生まれます。
「起業家になりたい子は多く、そういう子が何かやりたいというときにはNoMapsに来てくれるんです。しかしいざ起業家がエンジニアを探そうとしたとき、若手エンジニアが普段集まるコミュニティなどがなかったため、探すのが大変という課題がありました。札幌市がスタートアップ企業を増やしたいという目標を掲げているのに、エンジニアがいない。それなら東京に出ていくよ、という子が増えるのも嫌だなと思ったんです。これからは、北海道で優秀なエンジニアを育てなければいけないと」
そんなとき、知人の紹介を通して出会ったのが岸本真行さんです。東京でプログラミングスクールを運営する会社に投資をしていて、地元である北海道にもプログラミングスクールを作りたいと話していた岸本さんに、種市さんは当時の思いを伝えます。
「これからの北海道、エンジニアが足りないから、今から育てておかないと何も進まない。僕は学生団体との接点もあったので、いまなら若手も集められるし、コミュニティを作ることもできる、という話をしたら、その日のうちに『やろう』という話になって」
そこで2021年2月に生まれたのが『未完プロジェクト』です。現在は一般社団法人未完として、地域のエンジニアを育てるために学びの場や企業との出会いの場、社会実装体験の場などを提供しています。
北海道で育ったエンジニアが活躍できる環境もつくりたい
「廣瀬さんの言葉にもありましたが、北海道は産業が多く、それぞれがいろいろな課題を抱えています。近い将来、テクノロジーの力でそれらの課題を解決しようという動きが出てくるでしょう。だからこそ、北海道にはエンジニアが必要なんです。それも、自ら課題の中に飛び込んで解決できるようなエンジニア。北海道のように課題が多いエリアだからこそ、育めるはずだと思っています」
課題解決ができるエンジニアのことを、未完では“メイカー”と呼んでいます。対象は25歳以下。現在は総勢300人から400人のメンバーが参加しており、一番若いメンバーが中学2年生というから驚きです。勉強会のほか、大学生に向けてキャリア支援も実施。メイカーを育てるための学びを提供するほか、彼らが地域社会で活躍できる環境づくりも行いながら、エンジニアが育つ土壌づくりのモデルケースを、北海道で実現させようと奔走しています。
「未完自体は企業の参画で運営されていますが、東京の会社も多く協賛してくださっていて『北海道でエンジニアといえば未完』というイメージも定着してきました。僕らの活動がきっかけになったのか、会社設立以降、道内でどんどん若手を対象としたプロジェクトが増えていったように思います。若手がやりたいことを応援したり、若手の育成に目が向いたりするきっかけのひとつになっていたとしたら、それはとてもいいことですよね」
諸外国からモデルにされる、北海道のカルチャーを作りたい
未完を立ち上げて1年。徐々に質の高いエンジニアも多く育っています。北海道をベースに、フルリモートで東京の会社へのインターンも実現。未完の存在をきっかけに、北海道に支社を立ち上げる計画を立てている企業もあるというから、その影響は大きいといえます。
「最近、一般社団法人渋谷未来デザインという、渋谷区が運営する産官学連携組織にパブリックパートナーとして参画させていただきました。今後は、渋谷区のIT企業と未完のエンジニアをうまくマッチングさせていくことにも力を入れたいと思っています。たとえば東京で経験を積んだエンジニアが、北海道に戻って起業するようなルートを作りたい。地方が存続していくためのいいモデルケースがこれから作れるかもしれない場面に立ち会えていることに、やりがいを感じます」
もちろん、自分が住んでいる北海道という土地が評価されることについてのうれしさや、大きくて複雑な課題に対してアプローチしていける面白さも感じています。今後も活動を通じて、北海道のカルチャーを自分たちで生み出せる環境づくりを継続して行っていきたい、と話してくれました。
「環境や町の規模が近いことから、北海道はスタートアップエコシステム(官民学で連携してスタートアップの成長を支援するシステム)などについても北欧をモデルにしよう、という動きが多いんです。しかし同様に、北海道独自のモデルも創出していきたいですね。そしてそのモデルを、同じような課題を抱えている諸外国が選択する流れもできればいいなと思います。どこかで流行したものを最適化するばかりではなく、北海道の未来を自分たちで定義して作っていくことができるというのは、非常に幸せなことです」
北海道独自のカルチャーを自分たちが作ろうとしていることに、誇りとこだわりを持ちたい。そして、自分たちが作ったモデルが北海道発であることを、しっかりと発信していきたい。そんな種市さんの思いは、少しずつ叶えられていくでしょう。少しずつ大きく育ってきている、若手エンジニアたちの活躍によって。
種市 慎太郎さん
Social Change Lab代表プロデューサーとして社会変革の触媒をテーマに企業の新規事業のプロデュースや産学連携のコンサルティングを手がける 札幌市・NHK・北海道選挙管理委員会などの自治体や大企業の新規事業開発を専門に行う。 一般社団法人未完にて、エンジニアの育成と自治体や大手コンサルティングファームと協働した実証実験のコーディネートを行う 高校生時代から、まちづくりに興味をもち、札幌市の遊休資産を活用した若いクリエイターの発表の場をつくるNPO団体を立ち上げ、その後、2020年にその活動を法人化し、若者世代と共にソーシャルプロジェクトの立ち上げ運営を行う「Social Change Lab」を創業。
▼種市 慎太郎さんについて詳しく知りたい方はこちら!
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ライタープロフィール
仲野聡子
生まれも育ちも日本一人口の少ない鳥取県。高校卒業後に上京し、東京に20年ほど住んだのち、2017年8月に喜茂別町に家族と移住しました。羊蹄山麓の澄んだ空気や豪雪を楽しみ、日々人の温かさに触れています。