「おれは小さい声を届けたい」37歳・会社員の応募【連載「ローカルとメディアの冒険」(3)】|Domingo

「おれは小さい声を届けたい」37歳・会社員の応募【連載「ローカルとメディアの冒険」(3)】

連載

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北海道

中標津の自動車塗装業・塩崎一貴さんとの冒険


地域で活動する人からの「持ち込み企画」をおそるおそる採用したNHK北海道。「ローカルフレンズ」という名の冒険は、仲間を呼び寄せ加速していく。集まったのは、ライター、僧侶、自動車塗装の会社員。前例のない番組づくりがはじまった――

こんにちは、NHKディレクターの大隅亮です。
今回はテレビ局の番組づくりを静かに、そして大きく変えてくれた友人を紹介します。彼は地域に暮らす「小さい声」を紹介したいとやってきて、実際にそれをやり遂げました。 NHK北海道・夕方のニュース番組「ほっとニュース北海道」で放送されている「ローカルフレンズ滞在記」と「ローカルフレンズニュース」。異例づくめの番組制作の裏側をお送りします。

パイロット番組の放送


オホーツク出身の事業家・さのかずやさんがNHKに持ち込んだ企画「ローカルフレンズ」は2020年1月に夕方のニュース番組として、次いで3月には深夜番組としてNHK総合・北海道エリアで放送されました。

テレビ局ではなく、地域の人が主体となって作る番組。
そのことに一番、ドキドキしていたのはメディア側である私たちでした。それが如実に表れているのが深夜版のオープニングです。
「#ローカルフレンズ出会い旅 #道東は世界一な件」(2020年3月29日放送)

(ナレーション)
NHKの一室に、妙にナーバスになるベテランディレクターがいた。

(番組制作スタッフのやり取り)
「彼らと文法が違うから。どうなるかわからないんですよ」
「向こうが連れて行きたいって提案してきたんでしょ。もう丸投げコンセプトだと打ち出してしまって」
「こんな構成もない状態でロケに出るのは20年やっていてはじめてです」

(ナレーション)
はじまりは、NHKに持ち込まれた挑戦的な企画書。
かずきゅんという男が現れ、だいたいこんなことを言った。
NHKさんぽくないリアルなストーリー。地元の僕らなら作れますよ。
すると。
けっこう振り回された。
※ここでアナウンサーが転倒する

(ナレーション)
いざ、素顔のローカルへ。
ローカルによる、ローカルのための旅。
初代ローカルフレンズは、さのかずやさんが紹介してくれた中西拓郎さん(一般社団法人ドット道東・代表理事)が務めました。
中西さんは雑誌を個人で発行してきた馬力のある方。人脈は道東エリア一帯に広がっています(つまり九州くらいの範囲をテリトリーにしているわけですね)。広大なエリアを日々走り回る、果てしないバイタリティを持った中西さんが、道東の仲間たちを紹介してくれました。

▼牛のおしっこを消臭剤に変えた仲間
▼オリンピック・メダルケースのコンペに勝った仲間
▼急速冷凍庫を買って、漁師プロデュースの海産商品を作る仲間

道東で活躍する仲間たちのもとを、連れまわしてもらい、底知れぬエネルギーを感じる番組になりました。

ローカルフレンズ募集します

このパイロット番組の評価はきわめて高いものでした。NHKでは視聴者に「モニター報告」という感想・評価をお願いしています。その評価が「いつもの堅苦しい感じと違って、いいね!」という支持ばかりだったのです。

また影響力のあるさのかずやさん、中西拓郎さんが番組をプロデュースしたことでSNSの盛り上がりも大きく、後押しになりました。こうして新年度に6本の15分番組を作る「シリーズ化」が決まりました。

3月に深夜版を放送するにあたって、私たちNHK北海道はある〝賭け″に出ていました。それがローカルフレンズを「公募」することです。番組の最後に大きなQRコードを入れてこう呼びかけました。
ローカルフレンズ、募集します。
あなたのディープな人脈で旅番組をプロデュースしませんか?
詳しくはNHK北海道のHPへ。

「雑談の活動しているんですけど」

酪農が盛んな道東の中標津町。
この町で「ローカルフレンズ募集」を見ていた人がいます。自動車塗装の仕事をする会社員・37歳の塩崎一貴さんです。

塩崎さんがローカルフレンズをやりたいとメッセージをくれたので、私は折り返し電話をかけました。

「ご応募ありがとうございます。ところで塩崎さんは、地域の活動はしていますか?」
「今やっているのは雑談ラウンジですね」
「雑談ですか」
「ゲストハウスにみんなで集まって、雑談してるんですよね」
「それを番組で紹介したい感じですか?」
「ですね」

地域の雑談を番組で紹介したいと、応募してくれたようです。

「ほかに塩崎さんの周りで、地域の面白い人はいますか?」
「佐藤さんですね。家族で佐藤さんちのぎょうざというお店をやってるんですよ」
「はい」
「お母さんはもともとパート主婦だったんですけど、ぎょうざがおいしいからとお店を出して。でも、チラシ作りが下手だったので…」

もっと派手なネタはないのでしょうか。
という、言葉を飲み込んで話を聞いていました。

公募をしてみたものの、こういうやり方で番組ができるのか、早くも心配が募ります。

地域とメディアが出会うオンライン会議


集まったのは、個性的な応募者でした。
「雑談を紹介したい会社員・塩崎さん」のほかに「函館のフリーライター」と「伊達市の僧侶」の3人です。

札幌から離れた場所に暮らしているため、オンラインでミーティングをすることにしました。まだ新型コロナウイルスが流行り始めたころで、オンライン会議が珍しい時期でした。

「函館というと観光の町というイメージがあると思いますけど、文化の町として見ることができると思うんです」
と、函館市のフリーライター・鈴木精良さん。
「喫茶店の店主が持っている古本のコレクションが素晴らしくて一度見てもらいたい…」「築百年を超える古民家を改修して共同生活をはじめた大学生がいて…」。次から次に聞いたことのない情報が出てきます。

「最近、VR空間にお寺をつくりはじめたんですよ」
奇妙な話を切り出したのは伊達市の僧侶・奥田正弘さん。
コロナ対策でオンライン会議のシステムを使って法要を催したり、バーチャルリアリティ技術を駆使したお寺を構想するなど、変わった活動をしています。

「いや~面白かった」
3人とのオンライン会議を終えた時、私たち制作チームが感じたことは、とにかく楽しいの一言に尽きます。
暮らす地域も、仕事も、年齢も違う人たちで集まって、どんなテレビ番組を作るか構想する。それがもう、めちゃくちゃに面白く、心が癒されている感覚すらあったのです。
次のミーティングが楽しみでした。

ところが、大きな問題が立ちふさがります。

こういう時期だからこそ地域を元気に


「旅番組を作ることができなくなってしまいました」
2020年4月14日、第2回のオンライン会議で私はローカルフレンズの3人にこう切り出しました。
理由は新型コロナウイルスの感染拡大です。テレビ局員である私たちがロケに行くことができなくなってしまったからでした。

「残念ですが、旅番組<#ローカルフレンズ出会い旅>の制作はやめて、ローカルフレンズが<おうち時間の過ごし方を紹介するコーナー>に変えようと思います」

意気消沈していました。テレビ局のディレクターがロケに出られなくなったら、ほとんどできることはないように思いました。せめてコーナーは続けたいと思い「ローカルフレンズおうち時間」というタイトルに改めることを決め、局内の根回しを行っていました。

「仕方ないですね」という空気が支配する中、初代ローカルフレンズの中西拓郎さんが口を開きました。
「本当に旅番組はできないんですかね」
「どうしてもロケに行けないので難しいと思います」
「こういう時期だからこそ、地域を元気にする情報があったらいいと思うんですよね」

ローカルフレンズたちは「そうだそうだ」という雰囲気です。
結果、ローカルフレンズおうち時間、というコーナーは却下され、なんとかして旅番組を継続することに決まりました。
でも、どうやって?

「オンライン旅」に出かけましょう


旅番組なのに旅人であるアナウンサーも、ロケクルーも現地に行けない。
となれば、現地の人に自撮りしてもらう手はないだろうか。
自撮り、自撮り。そういえば元気そうな大学生たちがいたな…

そう思って、函館のライター鈴木精良さんが教えてくれた古民家シェアハウスの大学生に連絡してみることにしました。

「みなさんの活動を紹介したいんですが」
「えー、うれしい」と代表をしている大学生。
「ロケに行けないんですよね。だから自撮りしてほしくて」
「ぜんぜん良いですよー」
と、彼らが持っているスマートフォンを2台使って(中継用と収録用)、疑似的に旅番組を作ることになりました。
聞けばSNSなどでライブ配信をよく行っていて、自分たちで撮ったり撮られたりは抵抗がなさそうです。

ミーティングから10日後には、夕方のニュースの中で「ローカルフレンズ出会い旅・オンライン編」というコーナーがスタートしました。

あさイチに受け継がれるオンライン旅

重苦しい内容が続くニュース番組の中で、地域の人がスマートフォンを使って地域を紹介する「オンライン旅」は明るく、一筋の希望のように見えました。

ローカルフレンズ役を務めた鈴木精良さんも、シェアハウスの大学生たちも喜んでくれました。

しかも。この放送はメディア業界からも反響がありました。
民放の制作チームから連絡を頂いたり、NHKでも全国放送の情報番組「あさイチ」のディレクターから「新コーナーの参考にさせてもらった」との連絡があったのです。

地域の人に求められて、苦肉の策で作った自撮り番組でしたが、こういうところからイノベーションが生まれるのだという成功体験になりました。

企画会議をオープン化する


こうしてローカルフレンズと制作チームが定期的にオンライン会議することが定着していきました。

<フレンズミーティング>
▼2週間に1度、オンラインで開催
▼関係者なら誰でも参加できる
▼プロジェクトの方針についてオープンに話す

この会議をするようになって変わったのは、NHKの制作チームの中で「企画会議」を開催しなくなったことです。
NHKの中で何か決めていても、ローカルフレンズの意見でそれが覆ることがあるため(オンライン旅の時に学習したことです)、最初からローカルフレンズと一緒に決めることにしました。

こうして企画会議をオープン化したことで、業界の慣習にとらわれない独自の考え方が次々に作られていきました。
その一つが、まだ世に知られていない人を積極的に紹介する番組方針です。

「テレビには同じ人が出ている」

ある日、ローカルフレンズからこんな声が上がりました。
「今のテレビは同じ人ばかり出ている気がする」
「たしかに何かスキャンダルが起きると、どのチャンネルも同じになってしまうのはチャンネルが複数ある意味がないよね」

確かに今に始まったことではありませんが、政治家・芸能人のセンセーショナルな話題一色になることは、よく見られます。さらに、その構造は、地域を取り上げる番組でも同じだという話になりました。

「テレビ局が観光協会や役場に連絡すると、同じ人ばかりに出ることになることになるんだよね。またあの人か、と地域の人たちは思ってる」
「テレビに一度出て有名になると、ほかのチャンネルもその人ばかり追うし」
「ローカルフレンズは、これまでテレビに出たことのない人を紹介したいよね」

こうして「地域で目立つすごい人」ではなく、「あまり知られていないけど豊かな暮らしをしている人」にフォーカスをする番組方針が固まっていきました。
いいですよね、こういう先鋭化。
それを地域の人が求めるならば、自分たちテレビ屋はその希望に沿うものを作る。
それを視聴者に問うてみて、ダメなら看板を下ろす。
実験精神が加速していきました。

「大きい声より、小さい声を伝えたいんですよね」

このフレンズミーティングにもっとも多く出席し、じわじわと番組づくりの考え方を変えていったのが、中標津の塩崎さんでした。
「地域の雑談」や「佐藤さんのぎょうざ」を紹介したいと言っていた彼です。

何度も何度も、塩崎さんのリベラルな考え方に触れるうち、いつの間にか私も「地域の小さな声を届けてこそ地域の放送局だ」と思うようにすらなっていました。
塩崎一貴さんインタビュー

プロフィール
会社員。1982年中標津生まれ。標津高校中退、友朋高校通信課程卒業。塩崎ボデー(有)に入社。会社員をしながらDJをはじめ道東中心に活動。2018年頃から町作りに興味を持ち 「雑談ラウンジ」という町民がフラットに対話できる場をプロデュース。町の都市計画などにも積極的に参加し、町の未来を見つつ活動している。

――どうしてローカルフレンズに応募したんですか?
自分はもともと地元・中標津があまり好きじゃなくて、むしろ出ていきたいって思ってたくらいなんですよ。

――そうだったんですか、意外です。
でも30歳半ばを過ぎて、地元を変えられないのかなって漠然とした気持ちが起きてきて。それで仲間と「雑談ラウンジ」という活動をはじめました。自分にできることは話を聞くこと。それも声の大きい人より、小さい人の声を聞くことだと思って。でも、自分ができることって本当にわずかなんですよ。別に「いいね」がたくさんつくわけじゃないし。

そう思っていたら、さのかずやさんのSNSでローカルフレンズの話が流れてきたんです。以前からさのさんの発信は信頼していたので、悪いようにならないかなと思って応募しました。

――実際に応募してどうでしたか?
最初は不安だらけでしたよね。こちらの話を聞いてもらえないんじゃないかって。テレビってカメラクルーがやってきて、決まったものを撮って帰っていくみたいなイメージがありました。
でも一緒にやってみると意外とちっちゃい話もひろってくれるんだなと思いました。それに立場も住んでる場所も違う人が集まっていると、一人の視点だけではない可能性も見えてきて面白かったです。

――塩崎さんとミーティングをする中で、地域の小さい声を届ける方向に番組がシフトしていきます。
いつだったかSNSで「ローカルプレイヤーとは何ぞや」ということをめぐって批判の声が起きたことがありましたよね。誰が真のローカルプレイヤーか、みたいな。でもそういう線引きは悲しいし、みんなが摩耗してしまうなと思って見ていました。おれはローカルで活動している人を線引きせずに、オープンにやっていくことがいいんじゃないのかなって思ってます。

――塩崎さんが誰にでもオープンなのはなぜなんですか?
おれがDJやってるからじゃないですかね(笑)音楽は壁を作らない文化があるので。

すべての人が活動しやすい地域社会へ

塩崎さんはじめ集まった地域の人が「地域で活動する人のあいだで線引きを作らない」という方針を決めたことで、ローカルフレンズの応募者をNHKが選ぶ必要がほぼなくなりました。

私はローカルフレンズをやりたい、という連絡があると、
「あなたをローカルフレンズに採用します、みたいな決まった基準や選考はなくてですね、誰もがローカルフレンズである、という本当かよみたいな運用でやっているんですよね」 と、しどろもどろな説明をして不審がられるのでした。

こうして、さらに多種多様なローカルフレンズが集まってきます。
その中には、「ごく普通の主婦」もいます。そうなんです、特に地域活動をしているわけではない主婦の方がテレビ番組をプロデュースするところまで、このプロジェクトは実験性を加速させていきます。でも、それはまだ少し先の話です。

それから「移住して間もない若者」もローカルフレンズをつとめることになります。
これもすごい話です。地域の案内役といえば、長年そこに暮らした人がつとめると相場が決まっていますが、その常識も、過去のものになっていきます。

企画会議をメディアの人間だけでやっていたら、ぜったいにありえなかった領域へ。冒険は次回に続きます。
\10月16日(土)塩崎一貴さんが地域や番組のことを話します/

NoMaps Conference 2021
【“テレビを使って地域を作る”】
NHKローカルフレンズ滞在記<Domingo&NHK北海道セッション>


テレビは「見る」から「使う」時代へ。2019年からNHK北海道が放送する「ローカルフレンズ」は、テレビ局のディレクターが番組を作ることを手放し、地域のプレーヤーに企画や取材をゆだねる<共創>の手法をとってきました。するとそこから地域のアクションが時に加速し、時にゼロから生み出され、従来のマスメディアとは違うムーブメントを起こしています。いま様々な業態や領域で注目のキーワード<共創>は、いかに地域とメディアを変えたのか。3つの連続セッションで迫ります。

2021年10月16日(土)・NoMaps YouTubeチャンネル・無料
14:30~15:30 私もテレビを使ってみた

https://no-maps.jp/2021/program/16a1430/

ローカルフレンズの中には地域のプレーヤーとしての経験が浅い人もいます。中標津で自動車塗装をしてきた塩崎さんや、西興部の主婦・高橋さんは、ひょんなことからテレビをプロデュースすることになり、驚くべき変化を体験したといいます。このセッションでは、そんなお二方にどのような体験をし、それがどのような変化をもたらしたのかお話をうかがいます。
出演:塩崎一貴さん(会社員)、髙橋啓子さん(主婦)

筆者プロフィール

NHK札幌拠点放送局・ディレクター 大隅 亮(おおすみりょう)

1984年、静岡県三島市生まれ。2008年、NHKにディレクターとして入局。新プロジェクトの立ちあげを得意とし「ノーナレ」や「プロフェッショナル子ども大学」を開発した。2019年からは北海道で「ローカルフレンズ」「シラベルカ」「もやカフェ(帯広局)」を企画。ローカルフレンズでは道東、函館、伊達、中標津、知床、清里、宗谷、喜茂別、弟子屈の制作に携わる。童顔だが2児の父。スキー歴2年。

イラスト/坂本奈緒

<過去の連載はこちらから>
「ローカルとメディアの冒険」
(1) テレビを使って地域を作る~はじめに
(2) NHKの覚悟を問われた1枚の企画書
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