NHKの覚悟を問われた1枚の企画書【連載「ローカルとメディアの冒険」(2)】|Domingo

NHKの覚悟を問われた1枚の企画書【連載「ローカルとメディアの冒険」(2)】

連載

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北海道

オホーツク出身の事業家 さのかずやさんとの冒険


地域の人がテレビ番組制作の主体になり、地域づくりにまで踏み込むことで注目されるNHK北海道の「ローカルフレンズ」。その冒険は、居酒屋で金髪の事業家が「企画書」を差し出すところからはじまった――
こんにちは、NHKディレクターの大隅亮です。
今回は、地域の人とNHK北海道が共創するきっかけを作ってくれた友人を紹介します。はじめは怖い人かなと思ってドキドキしていたのですが、その尖った企画書を読んでさらにドキドキすることに……。

NHK北海道・夕方のニュース番組「ほっとニュース北海道」で放送されている「ローカルフレンズ滞在記」と「ローカルフレンズニュース」。異例づくめの番組制作の裏側をお送りします。

冬の夜、札幌の繁華街で


「靴じゃないんすよ」
「え、靴じゃないんですか?」
「歩き方なんですよ。靴じゃなくて」

12月の夜、札幌の道は凍っている。
東京から転勤してきた私がそのことを知ったのは、実際に転倒したからでした。

2019年12月の夜、私は札幌の繁華街を、北海道歴の長いつわものたちと一緒に並んで歩いていました。私は歩き方からして違う彼らについていくのに懸命でした。

北海道のあるムーブメントを検討した勉強会の打ち上げがはじまりました。一次会、二次会と順調に酔いが回っていきます。にぎやかな宴会の片隅で、私は金髪のお兄さんと向かい合いました。さのかずやさんといいます。北海道の「右上」にあたるオホーツク・遠軽町の出身、29歳の事業家でした。

しばらく私のほうから話をしていましたが、
「ちょっと待っててもらっていいですか」
と、彼は居酒屋から姿を消しました。帰ってきた時にはコンビニで印刷してきたばかりの資料を携えていました。

それは9ページもある企画書でした。
「このローカルフレンズってのは、何ですか?」
寒い冬の夜、居酒屋で熱々の企画書を受け取ったのです。

マスメディアは崖っぷち

もともと地域の人たちと組みたいと言いだしたのはNHK北海道のほうでした。

私たちには強烈な危機感がありました。業界では毎年「週間接触者率」という数字が注目されます。1週間のあいだに5分間以上テレビを見た人の割合です。私たちは20代のスコアを見て気分が沈みました。2008年では100人のうち92人だったのに対し、2018年は67人に激減していました(2019年・全国個人視聴率調査)。グラフのかたちは、がけ崩れのようでした。

さらに深刻なのは、メディアへの信頼感でした。

私は就職活動をしている大学生に突然、「テレビ業界ってマスゴミじゃないですか」と言われたことがあります。正直、こわくなりましたが、若い世代を中心にマスコミに対しての向き合い方は「よくて無関心、時には不信感」といった空気が広がっています。

そして2019年、NHK北海道に配属された新人が、NHKに就職したことを友達に言えなかったと吐露するのを聞いたとき、
「これはもう、来るところまできた」
と、メディアと社会の関係を結びなおす必要に迫られていました。

そんな中、NHK北海道では若手・中堅で改革グループを作って、「視聴者からパートナーへ」という発想の転換をはかろうとしていました。私もその一員でした。簡単に言えば、テレビ局が一方的にコンテンツを作って届けるのではなく、テレビ局と市民が一緒にコンテンツを作って信頼関係を積み上げていく作戦です。

そして最初のパートナーに選んだのが「ローカルプレイヤー」という存在でした。

共創は簡単じゃない

当時、徐々に「ローカルプレイヤー」という言葉が使われるようになってきていました。北海道新聞の解説によれば「それぞれが暮らしている地域で活動し、新しい価値をつくろうとしている人」のことを表しています(2020年2月7日電子版・服部亮太氏)。若い世代が多く、写真家やライター、ゲストハウス経営者、起業家など多種多様です。

私はローカルプレイヤーと呼ばれる人たちが登壇するイベントに足を運びました。
「テレビ局とローカルプレイヤーが組んだら面白いことができると思うんですよ」。
そう言って名刺を配り、フェイスブックでゆるやかなにつながって雑談がはじまりました。

ある日、私は「NHKのウェブサイトでローカルプレイヤーを紹介しようと考えている」というメッセージをローカルプレイヤーのグループに投稿しました。

輝かしい共創の一ページを歩み始めようとした次の瞬間。さのかずやさんから返信がありました。
正直、「ウェブサイト」だけであればそれほど大きなメリットはないのではないかと思っています。
というのも、「ウェブサイト」だけであれば正直私たち自身でも発信していくことができますし
共創って、簡単じゃありません。
さのかずやさんは、オホーツク地方を舞台にしたウェブメディア「オホーツク島」をご自身で運営しています。大学3年生の時に書いたブログ記事「無職の父と、田舎の未来について。」で、わずか1日で5万ページビューを得たような方。確かにウェブの発信力には困っていなさそうです。
返信はこう続きます。
「ぼくらの取り組みをぼくらにはできない解像度と客観性でまとめて頂き、その放送によって経営者層の方々のイメージが変わり、さらに新しいアクションが起こるところまで含めて追いかけて頂く(一緒につくる)」とか
これを読んだ私の感想は、
「そんなに簡単に作れないよう」
でした。

ローカルプレイヤーの活動を放送で紹介できたら良いのですが、局内で企画を通すには相応の内容が求められますし、番組を実際に制作するのは大変です。簡単にハイとはうなずけませんでした。

調子よくパートナーになると掲げてみたものの、何をやったらいいか分からない……。

その膠着した状態は、ある〝事件″によって破られることになります。

ローカルプレイヤーの登場


「マラソン・競歩コースは札幌に」
2019年11月1日、唐突に東京オリンピックの競歩とマラソンのコースが東京から札幌に変更されるとIOCからの発表がありました。

すぐに、ある問題が起こります。民放キー局の一部の情報番組が<東京にはあるものが札幌にはない>という論調で放送を行ったのです。例えばTBSの「ひるおび!」では、Googleのストリートビューで札幌のコースを見ながら「なんにもない」「景色が単調」と紹介しました。
それに対して、番組に違和感を覚えた人たちがSNSで発信をはじめます。
「札幌になったからって何にもないとか単調とか笑いながら言いたい放題で見ててムカついてくる」などのメッセージが次々にあがりました。

その声はやがて大きくなり、「#札幌dis」(札幌を非難する、の意味)のハッシュタグを使って、札幌を非難したマスメディアへの反論を行うムーブメントになりました。マスメディアが地方を非難し、それをSNS上で市民たちが非難するという地獄絵図です。
のちに北海道新聞のメディア委員・高田純一さんが集計したところ、札幌disのハッシュタグは4万ツイート、リツイートを合わせた延べ配信数は2500万に達したとのことです。(2019年12月1日・北海道新聞朝刊 「ウェブを読む 五輪マラソン 札幌非難に擁護の大波」)。

こうした負のムーブメントを鮮やかに反転させていったのが、北海道の「ローカルプレイヤー」でした。浦幌町の地域おこし協力隊・古賀詠風さんが発起人となって「非難 dis」を「発見 discover」に読み替え、「#札幌discover」「#北海道discover」というハッシュタグで地域の魅力を発信する運動をはじめたのです。

そんな最中、さのかずやさんはNHK北海道のメンバーにメッセージを送ってきました。
たぶん、いまの北海道のローカルな人たちができることで一番インパクト出せることがこういうことだと思ってます。(中略)テレビが発端なのでNHK北海道さんは取り上げにくいかもしれませんが、よければぜひ…!笑
NHKさんは、取り上げられないんでしょう? 
というあおりのニュアンスをかすかに含んだ、絶妙なメッセージは私たちの胸に刺さりました。
かくして、NHK北海道の夕方のニュース番組のキャスターは、自らの番組のリポートとしてこのムーブメントを放送で紹介します。
私は私で、関係者を集めどのようなメカニズムで広がっていったのかを検証する「勉強会」を開催することにしました。

「すごいっすね~、初めて中に入りました」
騒動から1か月ほど経った12月8日、NHK札幌局の第2スタジオにローカルプレイヤーが続々と集まってきました。
発起人の古賀さんは大学を卒業したばかりの年齢で初々しい雰囲気。テレビ局に入ってテンション高め。1972年の札幌オリンピック時に増築されたNHK札幌放送局は、頻繁に雨漏りするような老朽化施設です。そのアンティークなデザインを面白がっていました。

さのさんは鮮やかな金髪で現れました。
そこへハッシュタグを作ることから「ハッシュタガー」を名乗るローカルプレイヤーも現れて、突然その場で「#札幌discoverその先」というハッシュタグを作りはじめました。 それを使って古賀さんやさのさんが勉強会の様子を実況ツイートしはじめます。あれよあれよといううちにそのハッシュタグは広まっていき、北海道中の人たちがコミュニケーションをしていました。
ツイートひとつするのにも、管理職の承認や、デジタル担当者への連絡が必要な私の職場とは別世界……。私もテンション高めで、そのツイートを眺めていました。

勉強会がはじまり、発起人である古賀詠風さんかがその日のできごとを語り始めました。

朝起きたらSNSが荒れていて悲しい気持ちになったこと。
分断していく社会をつなぎとめようと、かねてから交流のあったハッシュタガーに何かできないか持ちかけたこと。
するとdisをdiscoverに変換するアイデアが生まれたこと。そのハッシュタグを見た知り合いのデザイナーがツイッターで使えるフレームとキャッチコピーを考案したこと。
そのフレームを使って北海道の魅力を発信する知人、この取り組みをマスメディアに連絡する知人など、次々に仲間たちが参加していったこと。

ローカルプレイヤーたちは特に打ち合わせたわけではないのに、有機的につながり、ムーブメントが広がっていきます。こうして古賀さんたちが考案した「#札幌discover」や「#北海道discover」は月内に1万7千ツイート延べ配信数は2千万にのぼりました。もともとの「札幌dis」のハッシュタグに肩を並べたといっていいでしょう。
これが北海道のローカルプレイヤーの力でした。

さて、この日集まったローカルプレイヤーの中でも一目置かれているのがさのかずやさんでした。
さのさんは地域で楽しく暮らすことが困難な現状に時に怒り、時に悲しみながら活動してきた事業家でした。大学卒業後、大手広告代理店に勤めますが、離職して自ら地域メディアを立ち上げます。
なんだか、ダークさと純粋さが混じったような印象です。

ローカルフレンズってなんですか?

(左:さのかずやさん、右:古賀詠風さん)


勉強会の興奮が冷めないまま、ローカルプレイヤーたちと札幌の居酒屋に向かいました。
二次会でさのさんに対面した私は、NHKとローカルプレイヤーがタッグを組む番組のアイデアを切り出しました。それはNHKがローカルプレイヤーを5分番組で紹介する、というものでした。

その話を受けてさのさんがコンビニで印刷してきたのが、ローカルフレンズの企画書ででした。中心となるのは「ローカルフレンズという地域のネットワーカーが、地域で活動をしている人たちを紹介する」というアイデアです。

私の企画とさのさんの企画は似ているようで大きく違っていました。
それは、地域の人が「主体」になっている点です。メディアが地域の人を紹介するのか。地域の人が地域の人を紹介するのか。

「これはいったいどういう番組になるのだろう」。
不思議な気持ちを抱きながら、帰途につきました。

(実際の企画書。ローカルフレンズがどのような役割を果たすか、詳細に説明されている)


翌日、企画書をコピー機でスキャンしながら、私はテレビマンとして大事にしてきたものがサラサラと流れ出しているような感覚がありました。

私は2008年にNHKにディレクターとして入局し、番組づくりに携わってきました。
その間、叩き込まれたことの一つが「企画書はディレクターの生命線だ」というものでした。
あるいは「どこの誰よりも取材テーマに詳しくなって放送を出せ」という取材者としての矜持でした。

地域の人に取材活動を委ねていいものか。そもそもディレクターのものでない企画書に乗っかっていいものか。迷いがありました。

一方で、地域のことは地域の人のほうが良く知っている。それは確かなことのようにも思えてきました。なにせ私はこの年にはじめて北海道に来た人間です。

そうこうするうちに、さのさんがNHK札幌局に説明にやってくることになりました。私たち7~8人のメンバーは緊張しながら到着を待ちました。

そして、いよいよやってきたさのかずやさんは・・・黒髪なのでした。
「あれ、金髪やめたんですか?」とメンバーが聞くと、NHK訪問にあわせて染めたとのことで、照れています。
さのかずやさんインタビュー

プロフィール
1991年生まれ、北海道遠軽町出身。博報堂、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)、フリーランスを経て、2020年に北海道札幌市にて株式会社トーチを設立。札幌市と故郷のオホーツクエリアを行き来しながら、様々なメディアやコミュニティを絡めた事業開発・ブランド開発を行っている。「どこに住んでいても、つくってゆかいに暮らす」が目標。犬も猫も好き。猫アレルギー。

――なぜ企画書を書こうと思ったんですか?
今だから言えることですが、という前置きをして話しますよ(笑)NHKさんのやり方でうまくいくのかどうかわからないなと思ったんですよ。
ローカルに関わって活動している人はいろんなタイプがいます。その中で、小さくても着実な活動をしている人に光が当たるといいなと思って企画書を書くことにしました。

――どのように企画を練ったんですか?
地元の先輩の中西拓郎さん(ドット道東・代表理事)と、外から遊びにきた友達をもてなすことについて雑談していたんですよね。地元のあちこち連れまわすと、みんな予想以上のローカルプレイヤーの濃度に「くらって」帰っていくんですけど、そういう衝撃をプロの目線から切り取ってもらえると斬新になるんじゃないかと考えました。<NHK目線の人>をアテンドして、ローカルの面白い人に会ってもらって、という。

――ローカルフレンズという言葉は造語ですが、どうたどりついたんですか?
<地元のことを分かりつつ外の人と話せる人>が重要になると思っていて、なんて呼ぶか考えないといけない、これが大事になるな、と考えていました。プレイヤーじゃなくて、なんだろうな。かしこまらない感じのフレンドぐらいが距離感としていいのかなって。
道東の清里町(世界遺産・知床の近くの町)で、温泉に入りながらいろいろ考えて、思いついた感じです。

――なんで髪を黒くしてNHKにやってきたんですか?
黒髪のほうが多少、信用してもらえるんじゃないかって(笑)
さのさんが構想する「ローカルフレンズ」をどうやったら企画採択まで持っていけるだろう。

テレビ局の中ではすでにレギュラーの企画が走っているわけですし、みんな新規の提案を通したいと思っています。頭を悩ませていると、あるメンバーが思いつきました。
夕方のニュース番組の「トライアル期間」に滑り込ませようというのです。
偶然、NHK本部が支援するプログラムの一環で、夕方のニュース番組のリニューアル検討会が予定されていました。私が知る限り、数年に一度レベルの珍しいものです。どさくさに紛れてと言ってはいけませんが、一種の「確変期間」であることは間違いありません。

「それって、もう来月ですよね? 年末年始もあるし…」
「でも、それしかない」
かくして、NHK内では「まるなげっ」というタイトルの番組企画が採択され、トライアルという名目で放送されることになりました。

そしてその放送は、奇跡を起こします。
「自分もローカルフレンズをやりたい」という人たちを呼び寄せることになるのです。

その人たちとは、
フリーライター。
僧侶。
自動車塗装をする会社員。

まったく番組制作に携わったことのない人たちばかりでした。
ますますカオスになっていく、放送現場。冒険は次回に続きます。

筆者プロフィール

NHK札幌拠点放送局・ディレクター 大隅 亮(おおすみりょう)

1984年、静岡県三島市生まれ。2008年、NHKにディレクターとして入局。新プロジェクトの立ちあげを得意とし「ノーナレ」や「プロフェッショナル子ども大学」を開発した。2019年からは北海道で「ローカルフレンズ」「シラベルカ」「もやカフェ(帯広局)」を企画。ローカルフレンズでは道東、函館、伊達、中標津、知床、清里、宗谷、喜茂別、弟子屈の制作に携わる。童顔だが2児の父。スキー歴2年。

資料提供/sachi 制作サポート/菊池百合子 イラスト/坂本奈緒

<過去の連載はこちらから>
「ローカルとメディアの冒険」
(1) テレビを使って地域を作る~はじめに
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