Domingo編集部
テレビを使って地域を作る~はじめに【連載「ローカルとメディアの冒険」(1)】
なぜNHK北海道の小さなローカル番組が「オールドメディアに風穴を開ける」といわれるのか?
テレビ局が番組づくりの主導権を手放した時、
ゆかいな仲間たちが「テレビを使って地域を作る」、新しい時代がはじまる――
はじめまして、NHKディレクターの大隅亮です。私はいま、『ローカルフレンズ滞在記』と『ローカルフレンズニュース』という番組シリーズの制作に携わっています。地域にディープな人脈をもつ人をローカルフレンズと呼んで、地域の情報を伝えてもらう番組です。主に夕方6時のニュース番組「ほっとニュース北海道」の木曜日と金曜日のコーナーとして放送しています。
番組の特徴は、従来のテレビ番組があつかわなかったような「ニッチでそこに暮らしていないと気づけないような物語」を取り上げていることです。過去には、ローカルフレンズシリーズを通じてこんな放送を出してきました。
・函館の老舗カフェの3階に店主が集める古書コレクションがある。マニアックな本の表紙をSNSで公開したところアメリカの美術館やイスラムの研究者から問い合わせがきた。しかし店主は英語ができないのでグーグル翻訳に頼ってしのいでいる話。
・喜茂別町には素通りしてしまいがちな小さな建物(車庫)があるが、実は無国籍料理を出すレストランである。シェフは気まぐれでメニューはない。面白がった隣の農家が料理に使うハバネロを育てはじめた話。
ディープな共創関係が自慢です
番組の中身もユニークですが、その作り方はもっと変わっています。
(1)そもそも番組を企画したのはNHKではなく、持ち込み企画
(2)ローカルフレンズは公募している。採用率はほぼ100%
(3)お坊さんや猟師、主婦、大企業の社員など多様な人が参加している
(4)番組で紹介する地域の人や取り組みは、ローカルフレンズが考える
(5)番組の運営方針はローカルフレンズとNHKが話し合って決める
(6)ディレクターが1か月ローカルフレンズのもとで暮らす名物企画がある(ローカルフレンズ滞在記)
(7)ローカルフレンズとNHK北海道の関係はずっと続く(ローカルフレンズニュース)
テレビ局と地域の人がかつてないほどディープな関係にあることが伝わるでしょうか。これから連載を通じて、ローカルフレンズとNHK北海道が見つけた「共創のヒント」を共有していきたいと思います。
ところで唐突ですが、日々、仕事をしながら思ってきたことがあります。
今、テレビの言葉は届きません。
全国放送の有名な番組であっても、まったく反響がないことがあります。
私は2年前まで渋谷のNHK放送センターで報道番組やドキュメンタリーなどを制作していました。ある時、報道番組で取材中のテーマについて「身近な情報やメッセージを寄せてほしい」と通じて呼びかけたことがありました。
さあ忙しくなるぞと、翌朝、出勤してみると届いたメッセージは「4件」でした。数百万世帯を視聴者にもつ全国放送でも、伝えたからといって届くとは限らないと痛感しました。これに限らず、発信者の顔がよく見えないマスメディアの情報は信用されず、スルーされる傾向にあるように思います。
それに対して「ローカルフレンズ」には毎回、数十件のメッセージが寄せられます。
多い時には100件を超えることもあり、2021年4月1日に稚内のローカルフレンズが町のスノーボーダーを紹介した回にはメッセージが110件届きました。
北海道生まれの北海道育ちだけど、道北は未知のエリアなので、とても興味深いです。(ももママ)
何にもない町だと思っていたけど、地元を盛り上げようと頑張ってる熱い人達がいたり、美味しいものもあったりと…行ってみたくなりました!(akko)
ローカルの情報を知れるのは有り難いです。今はコロナで外出出来ないので良い情報発信だと思います。(ふーちゃん)
すごく素敵な企画です! 私もたくさんの素敵な場所を知っているのでたくさんお伝えしたいです!(ほろのべい)
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※番組に寄せられたメッセージはNHKのホームページに掲載しています
https://www.nhk.or.jp/hokkaido/localfriends/
北海道のローカル放送、夕方のニュース番組のわずか数分のコーナーです。
なのに、ここまで反響を寄せてもらえるのはなぜか。それは、メディアの都合ではなく、地域に生きる人たちの実感と言葉でつくられた番組だからではないでしょうか。
テレビの言葉が届かないのではなく、テレビ局の言葉が届いていなかったのではないか。それが今、私の感じているところです。
北海道ではじまった小さな冒険
つい番組の中身や作り方について、熱く語ってしまいました……。
でも、ローカルフレンズが本当に面白いのは、放送ではありません。
個性あふれるローカルフレンズたちが「番組を使って地域を作っていく」。その快進撃がすがすがしいのです。
たとえば、住民自らが「うちは通過される町だから」と言う、あまり知名度の高くない町がありました。「でも、本当は面白い町だ」。という信念をもって1か月に渡って『ローカルフレンズ滞在記』をプロデュースしてくれたローカルフレンズがいます。
放送から4か月たった今、その町では番組をきっかけに結成されたグループが地域の新事業を進めています。また雑誌や民放が「今、面白い町」として紹介するようになりました。はっきりと潮目が変わったのです。
なんだ、まだテレビはやれることあるじゃん!
というのが私の率直な感想です。良くてオールドメディア、時にオワコンとまで呼ばれることもある状況下で、テレビの新しい役割が見えてきました。
最近、NHK本部や他のエリアから、ローカルフレンズのやり方を教えてほしいと問い合わせが頻繁に来るようになりました。北海道の新聞やラジオ局にも何度も取り上げてもらっています。もしかしたらローカルフレンズたちが風穴を開けたことで、地域とメディアの関係が変わっていくかもしれません。
どのようにして異例の番組が作られるようになり、何に苦労してきたのか。その舞台裏が地域やメディアの方々の参考になれば幸いです。いつでもローカルフレンズも募集していますので、ご興味あればNHK北海道のローカルフレンズ滞在記のホームページを覗いてみてください。
さて冒険は、ある冬の夜からはじまります。
札幌の居酒屋で、謎の男が差し出したのは「ローカルフレンズの企画書」でした。
彼は、いったい何者なのか。次回に続きます。
筆者プロフィール
NHK札幌拠点放送局・ディレクター 大隅 亮(おおすみりょう)
1984年、静岡県三島市生まれ。2008年、NHKにディレクターとして入局。新プロジェクトの立ちあげを得意とし「ノーナレ」や「プロフェッショナル子ども大学」を開発した。2019年からは北海道で「ローカルフレンズ」「シラベルカ」「もやカフェ(帯広局)」を企画。ローカルフレンズでは道東、函館、伊達、中標津、知床、清里、宗谷、喜茂別、弟子屈の制作に携わる。童顔だが2児の父。スキー歴2年。