Domingo編集部
1. 好きな味のコーヒーと出会うため、焙煎を始める。
2. 自然のなかで遊ぶ大人を増やすイベントを企画。
3. タイミングが重なり、友達と一緒に上川町へ。
4. 土地に頼るのではなく、豊かな暮らしは自分で作る。
5. 外の風が入れば、町はもっと面白くなる。
好きな味のコーヒーと出会うため、焙煎を始める。
オホーツク地方にある湧別町で生まれた絹張さん。中学卒業までは地元で育ち、高校からはバスケットボールの強豪である札幌の高校に進学して寮生活を始めました。卒業後は、そのまま札幌の大学へ進学。在学中にヒッチハイクで国内をまわるなどアクティブに活動し、東南アジアを旅したときに知ったゲストハウスの存在に興味を持ったといいます。
「日本に帰ったら、ゲストハウスで働いてみたいな、と思って調べたら、『TIME PEACE APARTMENT』(現在は閉業)という、日本のゲストハウスブームの先駆けのような存在が札幌にあったんです。最初はそこでヘルパースタッフとして働いていたのですが、スタッフのひとりがゲストハウスを新しく立ち上げるというので、卒業したタイミングでそっちへ移りました」
それが『ゲストハウスやすべえ』。1階にはスペシャルティーコーヒー豆の専門店『河合珈琲』が入り、自家焙煎も行っていました。それに影響されて、絹張さんも徐々に豆を意識しながらコーヒーを飲むようになっていったそうです。
「でも、いろいろと試してみても、自分が好きなコーヒーの味がない。もしかしたら、自分で焙煎したほうがおいしいものができるかも?と思い、自分で生豆を仕入れて店で焙煎を始めたんです」
しかし、なかなか好きな味が出せません。そのうち通っていた豆屋さんで、ナチュラル精製のコーヒーに出会い「好きなのはこの味だ」と気づいたことがきっかけで、ナチュラルにこだわったコーヒー豆の焙煎・販売を始めました。
精製の違いだけで味に違いが出ることをわかってもらいたいという理由から、焙煎はすべて中深焼きに統一。2017年に『キヌバリコーヒー』を立ち上げ、イベントなどでコーヒーを出店したり、豆の卸を行ったりと、徐々に活動の幅を広げていきます。
自然のなかで遊ぶ大人を増やすイベントを企画。
時は前後しますが、ゲストハウスで働き始めたのが2013年のこと。絹張さんはその翌年の2014年に、『Earth Friends Camp(以下EFC)』という任意団体を立ち上げています。これは、学生時代から続く活動が形になったものでした。
「公務員の父が地元でアウトドアクラブをやっていた関係で、小さいころからカヌーや登山によく連れて行ってもらっていたんです。そのような流れから、大学時代は環境教育に興味を持っていました。個人的に資格を取ったり講習を受けたりしていたのですが、当別町にある環境NPOでアルバイトをしていたとき、ふと『子どもに環境教育をしようと思っても、親が興味を持っていないと意味がないな』と思ったんですよね」
まず親が環境に興味を持ち、自然のなかで遊ぶことを楽しいと思ってはじめて、環境教育のスタートラインに立てる。そう感じた絹張さんは「友達とキャンプに行く程度の遊びでもイベントにしてしまおう!」と、アウトドアを軸としたイベントプロデュースを開始しました。
「社会に大きなインパクトを与えた、というほどのことができたとは思っていませんが、もともとアウトドアでの遊び方がわからなかった参加者が積極的に山登りに行ったり、環境への意識が高まったりしているところを見ると、僕たちが『こんな世の中になったらいいな』と思っていた方向に少しは近づいたのかなと思います」
タイミングが重なり、友達と一緒に上川町へ。
そのうち、イベントに参加してくれていた人たちが一緒に活動してくれるようになり、どんどん仲間が増えていきました。次の転機が訪れたのは、2018年。上川町の層雲峡で行われた紅葉のイベントに、キヌバリコーヒーが出店したときのことです。
「3日間、家族で上川に滞在していたのですが、ちょうどそのときに上川町で地域おこし協力隊の募集が始まったんです。しかもそれが、通常の募集とは少し違う。『カミカワークプロジェクト』という名前で、面白いことを追及しながら町に影響を与えてくれる人を募集、という内容でした」
協力隊は「プロデューサー」と呼ばれ、フード、アウトドア、ランプワーク(現:クラフト)、コミュニティの4つの分野を募集。絹張さんがなんとなく「僕がやるなら何かな」と考えていると、奥様から「私、ランプワークプロデューサーに応募しようかな」と意外な答えが返ってきます。すると後日、EFCのスタッフが「じゃあ、私はコミュニティプロデューサーに応募する」と言い始め、同様にEFCの活動をサポートしてくれたスタッフもアウトドアプロデューサーに応募する流れになったといいます。(現在は、クリエイティブプロデューサーという職種もあります)
「じゃあ、全部埋まったじゃん。みんなで移住しよう!というノリになったのですが、面接を受けてみたら本当に全員採用されて。それが、2018年の年末のことでした」
土地に頼るのではなく、豊かな暮らしは自分で作る。
友達同士での移住。心強くはありますが、縁もゆかりもなかった上川町へ行くことについては、率直にどのような思いだったのでしょうか。
「どの町に住むかということについて、僕はあまり重要に思っていないんです。少なくとも、近くに友達がいればどこでも楽しい。豊かな暮らしを土地に頼るのではなく、自分が豊かにしていくしかない…という感じですね。その場合ひとりより複数人の方が、より豊かな暮らしを一緒に実現していけると思います」
札幌は好きだけれど、できれば自分たちが遊ぶ自然が近い方がいいという思いと、自分が育ったのと同じような環境で子育てをしたい、という思いもあって移住を決めたそうです。タイミングが違っていたら上川以外の町に移住していた可能性もあり、そういう意味でも運命だったのかもしれません。
協力隊着任後は、プレイルームやフリースペースを備えた複合施設『大雪かみかわ ヌクモ』のカフェスペースで、豆の焙煎を行いながらハンドドリップのコーヒーを提供したり、毎月上川の情報をライブ配信したりと、忙しい毎日を送っています。
「同時に、これまで任意団体として行ってきた活動を事業化するために、EFCを法人化しようという話が出てきました。学生のころからやってきたことの延長で、一般の人がもっと自然のなかに身を置くきっかけをたくさん作れたら…と思ったんです。上川にはアウトドアウェディングに適した施設もありますし、それを役場に提案したら『そのような使い方をしてもらえるなら、こんなにうれしいことはない』とすごく喜んでくれて」
そのタイミングで、職員が「いまここに住んでいる私たちが、今あるものを活かして外とのつながりを作ったり、暮らしを良くしたりすることを一緒に考えられる場所を作りたいと思っている」と話してくれたことが、絹張さんの心を打ちました。
「まさにいま、自分たちがそういう場所を欲している。一緒につくっていきましょう、というお話をしました。それで今年の10月にグランドオープンしたのが、上川町交流&コワーキングスペース『PORTO』です」
外の風が入れば、町はもっと面白くなる。
PORTOを創るにあたり、大切にしたのは「外から人が来てくれる理由を作る」こと。コミュニティスペースは町民だけのものになりがちなので、観光案内をしたり、移住相談を受け付けたりするカウンターも設置しました。しかし、それだけのためにわざわざ立ち寄ってくれる人は、もしかしたら少ないかもしれません。
「そこで作ったのが、コワーキングスペースです。これまでコンビニエンスストアの駐車場で、フリーWi-Fiを拾ってパソコン作業している人を時々見かけていたので、コワーキングスペースがあれば立ち寄ってくれるんじゃないかな、と思って」
募集すると、町内外にかかわらず10人以上の会員が集まり、毎日誰かしらがPORTOを利用しているそうです。定期的に外の風が入ることにより、自然発生的に面白い化学反応が生まれる予感もします。それも、絹張さんの狙いのひとつです。
「僕は人に楽しませてもらうより、自分で自分を楽しませる方が好きなんです。しかも、ひとりではできないことを、みんなと一緒に実現させていくのがすごく楽しい。偶発的な出会いから、新しいものが生まれていったらいいなと思います」
近い将来、いまの自分が思い付いていないようなことを成し遂げている可能性もある。そんなワクワク感が、いまの絹張さんを突き動かしています。
絹張 蝦夷丸さん
1990年生まれ。北海道・オホーツク出身。ナチュラル精製のコーヒー豆を専門に扱う『キヌバリコーヒー』を運営しながら、2019年より上川町地域おこし協力隊のフードプロデューサーとして活動。また2021年、アウトドアを軸としたさまざまなプロデュース事業等を請け負う株式会社Earth Friends Campを立ち上げた。フリーのライター、カメラマンとしても活動中。妻と5歳の娘、15歳くらいの猫と暮らしている。
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絹張 蝦夷丸
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交流&コワーキングスペースPORTO
ライタープロフィール
仲野聡子
生まれも育ちも日本一人口の少ない鳥取県。高校卒業後に上京し、東京に20年ほど住んだのち、2017年8月に喜茂別町に家族と移住しました。羊蹄山麓の澄んだ空気や豪雪を楽しみ、日々人の温かさに触れています。