どんな体質、年齢、思想の人も。みんなで「おいしい」を共有できる、ヴィーガン・グルテンフリーのお菓子づくり|Domingo

どんな体質、年齢、思想の人も。みんなで「おいしい」を共有できる、ヴィーガン・グルテンフリーのお菓子づくり

札幌市

ひと

近年よく耳にするようになった“ヴィーガン” “グルテンフリー”という言葉。アレルギー体質の人だけでなく、美容・健康を考える人などからのニーズも高まっています。 アレルギー体質で、子どもの頃から食べるものに気を遣ってきた柴田愛里沙さんが「大好きなケーキを食べることを諦めたくない」と始めたのが、乳製品、卵、小麦、白砂糖不使用のお菓子屋さん『アリサの北海道お菓子店 chat』です。

学生時代は素粒子物理学を専攻し、卒業後は広告代理店に勤務するなど、いわゆるパティシエの王道から少し外れた経歴の持ち主だからこそ実現したともいえる、おいしくて見た目もかわいらしく、体にやさしいスイーツが並びます。
いまはまだ特別なものと位置付けられているヴィーガン・グルテンフリーのお菓子を、求める人が気軽に手に取れるようにと奮闘を続ける柴田さん。レシピのつくり方や資金の集め方もユニークで、今後の展開からも目が離せません。

アレルギーがあっても、ケーキを諦めたくない。

柴田さんは、札幌生まれの札幌育ち。ご実家はハーブや野菜がたくさん収穫できる畑を持ち、養蜂も行っていました。「自分で食べるものは自分で作るのが当たり前」という環境で育ってきたのです。

養蜂

「ドイツ人の祖父は牧場を営んでいて、ハムやソーセージなども自分の手でつくっていました。まさに“Farm to table”を地でいく家庭環境だったんです」

お庭で採れたフサスグリ

畑や庭で採れたものをメインに、手づくりの安心安全な食生活を送っていたにもかかわらず、柴田さんは子どもの頃からひどいアトピー・アレルギー体質に悩まされてきました。食事制限があるため、学校給食でも苦労をしたといいます。もちろん大学、社会人になってからも、お友達と食事に行くときのお店選びは大変でした。

「ちょっとお茶でも飲もうか、という軽い気持ちでお店に入っても、お菓子を食べられない。ある種の生きにくさを、ずっと感じてきました」

そして学生時代、ケーキ屋さんでアルバイトをしたことをきっかけに、小麦アレルギーを発症。それでも柴田さんは「大好きなケーキを食べることを諦めたくない」と強く思ったといいます。

高校時代から卵を抜いたり、牛乳の代わりに豆乳を使ったりしてお菓子をつくっていましたが、まだ当時はヴィーガン・グルテンフリーのスイーツレシピはなく、完全に自己流。東京理科大学に進学し、素粒子物理学を専攻してから「この結合の動物性食品は、植物性の材料で代用できそうだ」「小麦に含まれるグルテンはこういう働きをするから、別の材料に置き換えたらいいんじゃないか」など、科学ベースの知識を用いてアレルゲンを代用品に変え、トライアンドエラーを重ねながらレシピづくりをスタートさせました。

お菓子を作る愛里沙さん

多種多様な経験から視野を広げ、念願の開業へ。

大学卒業後はそのまま東京に残り、IT関連の広告代理店に就職。「いろいろな業種のクライアントとお仕事ができるから、広く業界を知ることができて面白そう」という理由からでした。

「当時からカフェ経営やお菓子屋さんへの憧れはありましたが、まだ具体的な計画はなく、いつか自然豊かな北海道に帰ってお店を出したいという思いを秘めたままでいました」

数年勤めたあとは札幌にUターンし、Webデザイン会社で広報や事務の仕事をしながらプロモーションで海外に行くなど、多彩な経験をしました。その後はフリーランスとして、広告のマーケティングの仕事に従事。この頃から徐々にお菓子屋さんとしての準備を進め、勉強のために並行して飲食店でアルバイトも行いました。

そして2017年に、株式会社TREASURE IN STOMACHを創業。“One table for everyone!”をビジョンに掲げ、宗教や考え方、健康状態などに関わらず、みんなで楽しくテーブルを囲める素敵な食卓の実現を目指すことを決めます。

chatのケーキ

自家製求肥がモチモチ美味しい「和のガトー」

「創業してからも、2年はお店を開く準備期間でしたね。北海道には知り合いも少なかったので人脈づくりを兼ねて、行政に向けてIT・Webマーケティングの企画書を書いて広告代理店と協働で入札し、一緒に運用するなどの仕事をしていました」

そして仕事が軌道に乗ってきた2年目の頃、ついに「お菓子屋を始めるのでお仕事を辞めます」と宣言。念願の、ヴィーガン・グルテンフリーのスイーツ専門店『アリサの北海道お菓子店 chat』をオープンさせたのです。

お店の外観

仕事関係者はいきなりの報告に驚いたようですが「この2年間で人との関係を築いてきたおかげで、みんなchatのお客さんになってくれました。オープン当初もメディアの取材にたくさん来ていただけて、とてもありがたかったです」と話します。

レシピづくりは、トライアンドエラーの繰り返し。

いまは週に5日お店を営業するほか、ヴィーガン・グルテンフリーのお菓子教室も並行して開催。それ以外にもマーケティングやレシピ開発、商品開発などもひとりで行っていたため、開業して4年間はかなり慌ただしい日々でしたが、現在は数人のスタッフの力を借りて運営しています。

chatの内観

柴田さんが、メインでお菓子づくりを担当してくれているパティシエさんに初めてレシピを伝えたときの反応は「意外と簡単ですね」だったといいます。お菓子教室でも、柴田さんのレシピ通りにつくって、ヴィーガン・グルテンフリースイーツの難しいイメージが覆される生徒さんは多いようです。

「お菓子教室では、3グラムから5グラムの誤差が発生してもきれいに仕上がるレシピにしています。楽しくて簡単だけど、プロがつくったような美しい見た目で、なおかつおいしい。そうするとテンションが上がって楽しいし、ヴィーガン・グルテンフリーのお菓子に対するハードルも下がりますよね」

誤差があってもうまく仕上がる理由は、緻密に練られたレシピだから。パソコンで計算しながら、水分量と脂質の割合が違うパターンのレシピを5種類程度つくり、試作し、うまくいったものをトーナメント形式で勝ち進め、最後に残ったものをブラッシュアップしていく…というやり方だそう。まるで実験です。

レシピ作り

「たとえばビーツというピンク色の野菜がありますが、焼くと色が褪色するんです。なぜ褪色するんだろう?色素が足りないからかな?じゃあ色素がいっぱい入っているところはどこだろう…というふうにビーツについて調べていき、ときに論文まで読みます。だから、材料一つひとつについてすごく詳しくなるんです。ビーツの場合は特に皮に多く色素が含まれているので、焼いても色素が残るくらい皮をたくさん入れることで、焼きあがってもきれいなピンク色が保たれるということがわかりました」

もちろん、一般のお菓子に使われている小麦や卵や乳製品についても、きちんと知識を持っています。それらを植物性の材料に置き換えるとき、特性を理解できていないと難しいからです。

ヴィーガン・グルテンフリーのお菓子を、もっと身近に。

そんな柴田さんの原動力は、ヴィーガン・グルテンフリーのお菓子と一般のお菓子をボーダレスにしたいという思い。日本ではまだ高価格帯で売られているヴィーガン・グルテンフリーの商品は、まだ一部のお金持ちのものという印象が強く柴田さんはそこを変えたいと思っています。

商品を包装している様子

「人間の寿命は、おそらくこれから伸びていきます。そうすると、いまはなんでも食べられても10年後に突然アレルギーを発症したり、高血圧や糖尿病で食事制限を強いられたりすることが珍しくない世の中になっていくと思うんです。それなのに、ヴィーガン・グルテンフリーが一部の人の特別なものであるという位置付けにされるのは、ちょっと違うと思う。食べられないものがある人も、自然と選択肢のひとつとして手に取れる商品が、どこにでも売っている環境をつくりたいんです」

その強固な思いを形に変えるため、2022年2月、お菓子屋さんでは珍しい、ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達を行いました。VCとは、ベンチャーやスタートアップなど、高い成長が予想される会社に対して出資を行う投資会社のこと。ヴィーガン・グルテンフリーのお菓子は原材料が高いため、製造拠点を増やして一度に効率よく大量につくることが、コストを下げるポイントです。それが実現すれば、より多くの人に商品を手に取ってもらうことができます。

焼き菓子

28品目不使用のアレルギーフリークッキー4種類

柴田さんは、クオリティを下げずに大量生産するためのレシピの改訂だけでなく、製造効率を上げるための工夫にも余念がありません。

「日本のレシピブックは工程が多いのですが、半分くらい省いても意外と形になるんです。例えばタルトをつくるとき、体温でバターが溶けるから生地をあまり触らないこと、と書いてあるのですが、氷水に手をつけて冷やしておけば触っても問題ありません。そんなちょっとした工夫とアイデアと視点で効率はアップするし、面倒な作業も簡単になります」

実現させたいことを明確にして、それをクリアするために必要なことを地道に解決していく。柴田さんの挑戦はまだ続きます。

一人ひとりのニーズを理解するため、とにかく耳を傾ける。

アレルギーを持った子どもが「ここのお菓子、全部食べられるの?」とキラキラした顔でどれにしようか選んでいるのを見たとき、柴田さん自身、接客をしていてうれしさを感じるといいます。

レモンケーキ

ヴィーガン&グルテンフリーでとびっきり美味しい「ウィークエンドシトロン」

「自分自身が飲食店に行って『小麦と卵白が食べられないなら難しいです』と門前払いをくらうと、本当に悲しいんです。小麦アレルギーも度合いはさまざまですし、卵白も加熱してあれば大丈夫な人もいる。細かいヒアリングや歩み寄りがないのはつらいですね。ただ、完璧なアレルギー対応は難しいので、万が一事故を起こしてしまったときのお店のリスクも理解できます。だから私は、最初からシャッターを降ろさず、とにかくみんなの話を聞くと決めているんです」

話を聞いたうえで「クリームはつけられないけどパウンドケーキはできますよ」と代替案を出すなど、なるべくニーズに応えるよう努力している柴田さん。お客さんも、食べられるうれしさに加えて、寄り添ってもらえる安心感はなにものにも変え難いはずです。

「事業拡大に伴い、もうひとつ伝えたいのは、まだあまり知られていない北海道のおいしいものってこんなにあるんだよ、ということ。chatでは北海道産の低アレルゲン米『ゆきひかり』をはじめ、原料に北海道産のものをたくさん使っているんです。北海道といえば乳製品や小麦が有名ですが、それ以外の米や豆、そして季節のフルーツなど、おいしいものがたくさんあることを広めていけたらいいなと思っています」

柴田愛里沙さん

体質、年齢、思想に関わらず、誰もが等しくおいしいお菓子で幸せな時間を過ごす。想像するだけで心躍る平和な世界の実現が、いまから楽しみです。

柴田 愛里沙さん 柴田 愛里沙さん

東京理科大学では物理学を専攻。卒業後、都内大手IT広告代理店に入社し法人向けに広告企画提案を行う。北海道にUターン後はWEBデザイン企業に入社、その後、フリーランスを経て、 平和な食と暮らしを愛する会社 株式会社TREASURE IN STOMACHを創業、代表取締役に就任。ビジョンは「One table for everyone!」。宗教や考え方、健康状態に関わらず、みんながおいしいねと笑いあいながら楽しくテーブルを囲める、そんな素敵な食卓があったらいいなという思いが込められている。

▼柴田 愛里沙さんについて詳しく知りたい方はこちら!
Domingo ローカルプレーヤーページ / Instagram / Twitter / note

▼アリサの北海道お菓子店chatについて詳しく知りたい方はこちら!
Domingo スポットページ / 「アリサの北海道お菓子店chat」公式サイト

ライタープロフィール

仲野さん 仲野聡子

生まれも育ちも日本一人口の少ない鳥取県。高校卒業後に上京し、東京に20年ほど住んだのち、2017年8月に喜茂別町に家族と移住しました。羊蹄山麓の澄んだ空気や豪雪を楽しみ、日々人の温かさに触れています。

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