Domingo編集部
ただ菊地さんにとって、役場から命じられた活動内容は、がんじがらめにも思えました。そこで菊地さんがとった行動は、これまでの彼らしい、思い切った行動で――
「『◯◯に所属してほしい』という依頼をお断りして、『それだとぼくの良さが出ません」と伝えたんです。それですぐに、hakuのプロジェクトを始めました」
具体的にプロジェクトが動きだすにつれ役場の担当者も理解してくださり、hakuの活動を応援してくれました。
菊地さんは、白老に初めて来たときに、最高の立地にある元・柏村旅館を目にしました。そこを改装して、ホステルを開けないか? と考えたのです。周囲へのヒアリングで、元オーナーが町内で歯科クリニックを営んでいると知った菊地さんは、柏村氏を訪ねて、思いを伝えました。
「すると、突撃訪問だったにもかかわらず快諾してくださって。今も柏村さんは株主としてhakuに出資してくださっており、繋がりは消えていません」
公的補助金も使い、hakuは2019年4月にオープンを迎えました。初年度でいきなりパンデミックに見舞われましたが、地域おこし協力隊やコンサルティングの仕事で、なんとか経営を維持しました。
「やめたほうがいい」は気にしない
今ではひと月あたり、300人〜600人が宿泊するhaku。オンシーズンの8月〜10月は、あまりの人気に予約がなかなか取れません。
ただ、なぜhakuには、これまでになかった新しい客層が訪れるのでしょうか——?
「hakuは、今までと違う『母数』をつくることを意識しているんです。たとえば、白老町にもともとあった形態の店や施設を新たに始めたとしても、結局、町内のお客さまの奪い合いになってしまいますよね。町内のお客さまが今までの2倍、宿泊・飲食を利用してくださればいいですが、そうでないかぎり、地域にとっては相殺されるだけでプラスになりません」
「ホステル&カフェバーというスタイルにしたのも、温泉旅館や事業者向けの宿泊施設が町内にすでにあったからなんです。その結果、『安くてカジュアルな宿に泊まりたい』という旅慣れしたお客さまや、ウポポイやサーフィンなどに関心がある、知的好奇心の高いインバウンドの方々がよく泊まってくださっています」
ここまで、順風満帆だったわけではありません。新しい挑戦をする人にたいして「絶対にうまくいかない」「やめたほうがいい」という人は、必ず現れるもの。白老町内にかぎらず、菊地さんの元にもそうした声は複数届きました。
「ぼくは基本、そういう声は無視するんです。自分の事業を求めてくださる方にたいして、ただ淡々と、サービスを向上させていくに尽きます」
自分のやりたいコトや会社を存続させることが、結局は地域への貢献につながる、と菊地さんは考えています。「地域のために」というフレーズは今、日本中であたり前に使われていますが、本当に地域のためになるのは、お客さまに求められるサービスを提供して事業を活性化させ、雇用を生み、きちんと納税すること。
「だから、何かを始めるときに『地域のために』なんて言わなくてもいい。『自分はこれがやりたいんです!』のほうがよっぽど自然に入ってくる」と、菊地さんはきっぱりと言います。
現在は、hakuから車で数分の場所に、クラフトビール工場を建設中です。もともとhakuでは、帯広産や富良野産などのクラフトビールを提供していましたが、これからは「白老産のクラフトビール」が味わえます。
クラフトビール工場を見学中、近所に住むおじいさんが顔を出し、嬉しそうにつぶやきました。
「白老で美味しいビールが飲めるなんて、いいなぁ」
常にわくわくすることを追いかけ、飾らず、自分の想いに正直に生きる菊地さん。そのエネルギーに引き寄せられるようにhakuにやって来る、若者や外国人客。
この先、菊地さんのような挑戦を実現させる人が増えたら、いったい、町にどのようなミラクルが起きるのでしょうか。
ライタープロフィール
原 由希奈
札幌在住の取材ライター。北海道内の素敵な人やコトを取材するほか、子育てや教育、CGなど幅広いジャンルで執筆する。辛いものとビールが好き。2児の母。