彼がテレビを辞めたわけ【連載「ローカルとメディアの冒険」(4)】|Domingo

彼がテレビを辞めたわけ【連載「ローカルとメディアの冒険」(4)】

連載

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弟子屈町

弟子屈町地域おこし協力隊・川上椋輔さんとの冒険


地域の人が企画し、プロデュースするテレビ番組としてスタートした「ローカルフレンズ」。そこに思わぬ仲間が加わることになる。アナウンサーを辞めて、地域に飛び込んだ24歳。彼は、クリスマスイブの夜にある奇跡を起こす。

こんにちは、NHKディレクターの大隅亮です。
みなさんは白鳥と混浴したことありますか? 北海道の道東・弟子屈(てしかが)という町に、国内最大のカルデラ湖・屈斜路湖があります。湖畔からはお湯が湧き出していて、湖で羽を休める白鳥のほんの1メートルのところで温泉に入ることができます。

今回紹介するのは、白鳥と混浴しながら「地域で生きる覚悟」を教えてくれた若い友人です。
NHK北海道で放送している「ローカルフレンズ」の舞台裏をお届けします。

勝負の赤いネクタイ


「はじめまして!」
スーツに身を包んでさっそうと登場する彼。
「決めてますね」と私が言うと、ネクタイを指さします。
「この赤いネクタイ、僕が原稿をニュースで初めて読んだ時のネクタイなんです。同じ気持ちで二度目のスタートを切ろうかなと思って」

川上椋輔さん、24歳。
2週間前までUHB 北海道文化放送(フジ系列)のニュース現場で原稿を読んでいたアナウンサーです。彼は、この日から「違う人生」を歩もうとしていました。

2020年10月1日の午前9時。
向かった先は、弟子屈町の役場です。

「地域おこし協力隊として2年半、この町のプロモーション業務を行うことになります。よろしくお願いします。」

役場のみなさんは不思議な生き物を見るように、隣の部署からも首を長くして彼のことを見ていました。

「すぐ飽きるべ」
そんな声も聞こえてきました。
無理もありません。
私が過去の新聞記事を検索して調べた限り、現役のアナウンサーが地域おこし協力隊に転職した例はありませんでした。

さて私は彼が「第二の人生」を歩みはじめる、まさにその場に居合わせたのですが、そんなことができたのも、ローカルフレンズのおかげなのでした。

「ともだち」という言葉の響き

地域の人が地域を紹介する番組「ローカルフレンズ」。
パイロット版である深夜番組「道東編」を2020年3月に放送し、コロナ対策として全編をリモート撮影した「オンライン編」を経て、7月には「函館編」を放送しました。

この頃になると、「フレンズ=ともだち」という言葉が持つ、不思議な力を感じるようになってきました。
一言で表現すれば「関係が続く」ことです。

ある人がある人と「ともだち」だと言う時、期間を限定していないんですね。
「来月まで店長お願いね」とか「今年度、担当ディレクターを務めます」といった言い方はしても「7月までともだちでいてね」とは言いません。
終わることはあっても、終わりを決めておくことはないともだち関係。
それがテレビ番組の企画であっても、どことなく作用しているようなのでした。

道東編や函館編をプロデュースしたローカルフレンズや、番組の企画書を書いたさのかずやさんと私たちは情報交換をしたり、ミーティングに来てもらったりと、放送後もゆるやかにつながっていました。
それは通常の番組ではあまり味わったことのない連続した関係性でした。

さて、そんなご縁あって私は、とあるネット放送局の制作する番組に出演することになります。

地域制作のバラエティ番組

北海道の東側・道東に位置する、林業や木工が盛んな津別町(つべつちょう)。
この町では、なんと、地域の人がYouTubeなどを通じて「バラエティ番組」を配信しています。
その名も「まちづくり応援バラエティ つべらない話」です。
つべらない話とは?

北海道津別町の、次代を担う経営者たちが、まちづくりを応援するバラエティ生放送。
一次産業(河本)二次産業(山上)三次産業(榎本)の六次産業チームで作っています。
2016年7月3日初回放送。
(番組紹介文より)
そう、農業、木工会社、飲食店を営む地元の三人が、町の内外からゲストを呼んで軽快なトークを繰り広げるネットコンテンツなのです。
2020年の秋には配信50回に達する「長寿番組」になっていました。そして50回記念の特別ゲストがさのかずやさんなのでした。

ちょうど同じ月、ローカルフレンズの総集編が放送される予定でした。番組の宣伝をさせてくれるメディアを私たちは探している時期で、しかも総集編の舞台の一つは道東です。

これは絶好の機会だということで「つべらない話50回記念」に私も広報活動の一環として出演させてもらうことになりました。

川上、アナウンサー辞めるってよ


「はいどうも~、つべらない話、第50回がはじまりました~!」
「この番組は、津別町の助成制度、町づくり人づくり助成金を利用しております。津別町ありがとうございます!」
と、テンションも志も高いコンテンツの配信がはじまりました。

私の出番。
「なぜNHKのディレクターさんがはるばる津別町まで?」
「さのかずやさんに呼ばれたからです(笑)」
と、しどろもどろになりながら、番組の宣伝を行いました。
(ちなみにこの放送は配信2か月で3000回以上再生されたそうです。すごい!)

さて配信もすごかったのですが、その後がさらにすごい体験でした。

さのかずやさんに加え、道東編のローカルフレンズの中西拓郎さんも来場しており、次から次に地域のプレイヤーを紹介してもらえたのです。

地域に根ざしたビール醸造家や、金融担当者。
大阪から道東にやってきた若き写真家。
この夜、私が紹介してもらった地域の人は十数名にのぼります。

ある噂を耳にしたのは、その時でした。
「テレビ局のアナウンサーさんが、辞めて弟子屈町にやってくるそうですよ」
「へえ!」
「地域おこし協力隊として、来月1日に着任するらしいです」
なんと。
これは、メディアとローカルに一石を投じる動きではないですか。

私は札幌に帰ると、ニュースリポートの企画書を書きました。
そして、川上椋輔さんがブログで自身の転職を発表した2020年9月19日。企画はすでに通っている状況で、彼に電話をかけたのでした。

その後はどうするんですか?

「地域おこし協力隊では、どんな仕事をするんですか?」
「シティプロモーションですね。動画などで地域をPRします」
「任期は、どれぐらいですか?」
「契約を更新していくと2023年3月までの2年半弱ですね」
「その後は、どうするんですか?」
「……」
「……」
「そうですね。いろんな可能性があると思います」

川上さんは弟子屈町にずっといるつもりではないようにも感じられました。
というより、驚いたことに、これまで弟子屈町に行ったのは一度だけだと言います。
それでよくアナウンサーを辞める決断をしたな、と私は思いました。

宮城県出身の24歳。
憧れのアナウンサーになったものの2年半で退職。
いったいなぜなのでしょうか。
疑問を胸に、私は弟子屈町に向かいました。

カメラ撮影も編集も未経験です


先ほどの津別町が森なら、弟子屈町は湖の町。
屈斜路湖や摩周湖など、ダイナミックな景色が広がっています。

私は地域おこし協力隊になった川上さんの活動に同行しました。

「どうして、お店をはじめたんでしょうか?」
川上さんは、自分でカメラを回してインタビューを撮っています。弟子屈町の公式YouTubeチャンネルの運営を任され、その動画を作ろうというのです。

しかし、しきりに「カメラを回しながら聞くのは難しいですね」とつぶやいています。
アナウンサー時代、撮影を担当したことはなかったそうです。

そこへ、お客さんがやってきました。

町民「あれ、川上さんは役場(の人)?」
川上「地域おこし協力隊です。札幌で働いていて、ずっとアナウンサーをUHBでやっていました。ニュース読んでたんですけど、弟子屈のニュースを今度読もうと思って」
町民「いや、だっていい男でしょ。もったいないよね」

もったいないよね。
役場で言われた「すぐ飽きるべ」にパン屋での「もったいないよね」。
マスメディアから地域社会に飛び込んだ川上さんは、私から見ると少し居心地が悪そうでした。

さらに。
「え、編集もゼロからなんですか?」
「ですね」
撮影だけでなく編集も未経験で、ここから学んでいくとのこと。
なかなかに大変そうです。

右手にお箸、左手にカメラ

翌月、再び弟子屈町を訪れると、川上さんは商工会青年部のメンバーと焼肉屋にいました。ずいぶん地域に溶け込んだようです。

そしてお肉を焼きながら、時々、小型カメラを取り出して撮影しています。
「へえ、いつ花火やろうと思ったんですか?」「ジュー」
「どんな人に届けたいですか?」「ジュー」
器用なものです。

川上さんは町で花火大会を企画する動きを知り、丹念に取材をしていました。

コロナ禍でイベントがほとんどできなかった弟子屈町。
久々に開かれる、町の人待望の花火大会でした。

実は、コロナ禍から立ち上がろうとする地域を応援することこそ、川上さんがもっともやりたかったこと。そのためにテレビ局を辞めたのだそうです。

川上さんはこの時期に、私たちにこう語っています。

「明日の生活すらどうしようかという経営者や住んでいる方がいる中で、テレビの取材者としては普段と変わっていなかったんですよね。目の前で起こる事象をつまみあげて、いまこんな危機的状況です、と。それで伝えて終わりなのって言われたら、僕はそうじゃないっていう気持ちが日に日に強くなっていって」

地域の活動を俯瞰して報じるのではなく、伴走していたい。
その覚悟を持って、川上さんは転職・移住をしていたのでした。

花火の実況中継


「今、まさに弟子屈町に花火が打ちあがっています!」

2020年12月24日、クリスマスイブの夜。
川上さんは、町の花火大会をYouTubeで生配信しました。途中、この2か月の間、取材してきたVTRも流れました。彼がひとりで企画し、取材し、撮影し、編集し、ナレーションを吹き込んだVTRです。

YouTubeでは300人の視聴者が同時に、川上さんが届ける花火を見ていました。仕事で外に出られない町民や、遠く離れた場所にいる地元出身者から、熱いメッセージが次々に届きます。
元気が出たー ありがとうございます!

来年はみんなで夏に見たいよね~!

ばんざい弟子屈がんばれ弟子屈

クリスマスイブの夜の奇跡。
彼は、町に行ってわずか3か月足らずで、ローカルメディアを作り上げてしまったのです。

たった一人のメディア人が地域に飛び込んで、ここまでできるのか。
彼の姿を見ながら、私は涙を抑えられませんでした。

「わあ、すごい。きっとおそらくクライマックスでしょう。また2021年に逢いましょう。さようなら!みなさんお疲れさまでした。すごいきれいでした。お疲れさまでした!」

中継を終えた川上さんもまた涙をぬぐいながら、言いました。

「弟子屈町は、素敵な町ですね」
川上椋輔さん(弟子屈町地域おこし協力隊)インタビュー

プロフィール
1995年生まれ、宮城県出身。横浜国大卒。民放アナウンサーを経て、道東弟子屈町の地域おこし協力隊に着任。インターネットメディアの道東テレビアナウンサーとしても道東全域で活動する。大のサウナ好き。

――NHKから電話があった時、どう思いましたか?
「すげえなって思いました(笑)。自分が転職する情報をひろってきて、一番に電話かけてくるのがNHKさんだなんて。しかもローカルフレンズの取り組みは知っていたので、その制作チームというのにも驚きました」

――ローカルフレンズを知っていたんですね。
「ドット道東のSNSなどで知って、これからのテレビ局の可能性として注目していました」

――というと?
「私もテレビ局で働く中で、見ている人にどう介入していくのかがポイントだと思っていたんですよね。そんな中で、ローカルフレンズは視聴者サイドに制作を委ねるというか、巻き込んでいく作り方がすごいなと思っていました。そうそう、ここだよなって。今はSNSを使って誰もが発信できる時代。総発信者時代ですからね。巻き込まない手はないじゃないですか。普通にこういうことやりたいなって思っていました」

――ある時期から、弟子屈町に残ることを決めたようでしたね。
「まったく知らない状態でやってきて、弟子屈の持っている力に触れました。町の人とのめぐりあわせ。運。タイミング。そういうのが重なって、しっくり来たという感じです。今、弟子屈を離れる気はさらさらないです」。

白鳥は助走する


「全裸監督~」
「ハーイ!」
と私はカメラを持って、川上さんと白鳥の待つ湖へと。
「熱い、熱い!」
「大隅さん、我慢ですよ~」
「熱い!」

白鳥が鳴いています。

「大隅さん、白鳥は体が重いから、助走するんですよ。湖を走るんですよ」
「へえ、ずいぶん詳しいね」
「そこに住んでるおじさんが白鳥と仲良くて教えてくれました。おじさんは餌をあげたり、音楽を聞かせたり。ちなみに町公認です」
「それにしてもすごいよね、この景色」
「なにをもって人生が豊かというのか…」
「え?」

メディアは地域の伴走者になれるのか


<メディアは傍観者を辞めて、地域と伴走する存在になれるのか?>
川上さんは、私たちNHK北海道の制作チームにも大きな問いを投げかけました。

その後、私たちは、
▼ディレクターが1か月滞在して毎週、地域の宝を中継で伝える「ローカルフレンズ滞在記」と
▼継続的にローカルフレンズが地域のことを伝え続ける「フレンズニュース」
という2つのコンテンツを生み出すことになります。

そして、川上椋輔さんは満を持してローカルフレンズに応募してくれました。
熱い仲間が加わり、プロジェクトは次のステージへ。
冒険は次回に続きます。
\10月16日(土)川上椋輔さんが地域や番組のことを話します/

NoMaps Conference 2021
【“テレビを使って地域を作る”】
NHKローカルフレンズ滞在記<Domingo&NHK北海道セッション>


テレビは「見る」から「使う」時代へ。2019年からNHK北海道が放送する「ローカルフレンズ」は、テレビ局のディレクターが番組を作ることを手放し、地域のプレーヤーに企画や取材をゆだねる<共創>の手法をとってきました。するとそこから地域のアクションが時に加速し、時にゼロから生み出され、従来のマスメディアとは違うムーブメントを起こしています。いま様々な業態や領域で注目のキーワード<共創>は、いかに地域とメディアを変えたのか。3つの連続セッションで迫ります。
テレビを「助走」に使い、地域の新事業を起こす。テレビを「加速」に使い、地域メディアの発信力を爆発的に上げる。マスメディアを使い倒してきた2人のプレーヤーが新時代のメディアの可能性を語ります。

2021年10月16日(土)・NoMaps YouTubeチャンネル・無料
16:00~17:00 超ローカルと超テレビ

https://no-maps.jp/2021/program/16a1600/

出演:加藤朝彦さん(合同会社まるめがね 代表 / クリエイティブディレクター)、川上椋輔さん(弟子屈町地域おこし協力隊)

筆者プロフィール

NHK札幌拠点放送局・ディレクター 大隅 亮(おおすみりょう)

1984年、静岡県三島市生まれ。2008年、NHKにディレクターとして入局。新プロジェクトの立ちあげを得意とし「ノーナレ」や「プロフェッショナル子ども大学」を開発した。2019年からは北海道で「ローカルフレンズ」「シラベルカ」「もやカフェ(帯広局)」を企画。ローカルフレンズでは道東、函館、伊達、中標津、知床、清里、宗谷、喜茂別、弟子屈の制作に携わる。童顔だが2児の父。スキー歴2年。

写真提供/吉田貫太郎・崎一馬 イラスト/坂本奈緒

<過去の連載はこちらから>
「ローカルとメディアの冒険」
(1) テレビを使って地域を作る~はじめに
(2) NHKの覚悟を問われた1枚の企画書
(3)「おれは小さい声を届けたい」37歳・会社員の応募
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